Kyoto Shimbun 1999.8.30


満願寺・溝口健二の碑
(京都市左京区岡崎)
隣に「大阪物語」並ぶ

 溝口は1956(昭和31)年8月24日、京都府立医科大付属病院で亡くなった。58歳。白血病だった。亡くなる直前まで、次回作『大阪物語』の構想を、見舞客らに語っていたという。

 当時専属となっていた大映の社長、永田雅一が熱心な日蓮宗の信者。自身の菩提寺である「満願寺」に溝口の墓を建てた。寺は平安神宮の東、住宅街の中にある。山門をくぐると、正面に二層の堂々たる本堂。

 向かって右側(南側)に溝口の碑が立つ。右側面には「世界的映画監督溝口健二ヲ偲(しの)ビテ一九五六年十一月永田雅一建立」の字句。

 この碑の右手前に、今ひとつ石碑がある。穴あき銭の形をしている。壁面には「大・阪・物・語」の4文字。施主は溝口の映画で数々の名演を見せた2世中村鴈治郎である。


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