(臨済宗相国寺派・慈照寺)

京都市左京区銀閣寺町


◆書院造のさきがけ・東求堂

 文明14年(1482)、足利義政が東山山麓に造営した別邸東山殿を、死後、禅寺慈照寺と改める。北山殿同様、西芳寺をモデルとしており、池を囲むように観音殿(銀閣)、持仏堂(東求堂)などの建物が建てられている。延徳元年(1489)に建立された銀閣は2層の楼閣。下層は書院風、上層は仏堂風に造られ、屋根は宝形造、柿葺で頂部に鳳凰の飾りがある。

 書院造のさきがけとなる東求堂は文明17年(1485)に建てられ、特に付書院と違棚は現存する最古のもの。庭園は特別名勝に、銀閣、東求堂はともに国宝に指定されている。

◆室町幕府8代将軍・足利義政

 珍しい器類を集めたり、観劇を楽しんだり、当代―流の趣味人といわれた。ことのほか能が好きで、糺河原(ただすがわら)へ有力大名や貴族を引き連れて出掛けては、庶民の娯楽であった能を観て楽しんだという。その趣味人・義政が造営した東山山荘を中心に生まれたのが東山文化で公家文化、武家文化それに禅僧がもたらした宋の文化や、新興の庶民文化などを合わせた特徴を持つ。初め弟義視を養子としたが、実子義尚が生まれて応仁の乱の発端となった(1435-1490)。


 静かなたたずまいの銀閣

 銀閣寺は大文字送り火(8月15日)で有名な東山如意ケ嶽の支峰・大文字山の山すそに建つ。池泉回遊式の名園で、足利義政が作庭家・善阿弥に造らせた。本堂前の銀沙灘・向月台二つの砂盛りが有名。

 公家や武家、禅僧、そして庶民の感性が融合した東山文化が、この地を中心に生まれた。北山文化の象徴とされる華やかな金閣と対象的に、落ち着いた静かなたたずまいが特徴。


 名刹が点在、哲学の道

 銀閣寺から若王子(にゃくおうじ)橋まで約2キロの琵琶湖疏水べりの小道は、西田幾多郎らが思索にふけりながら散策した「哲学の道」として、市民や観光客に親しまれている。沿道には四季折々の植物が植えられているが、なかでも満開の桜並木は見事。ホタルのシーズンもおすすめ。

 「哲学の道」界わいには、近代の日本画家・橋本関雪が居を構えた白沙村荘(はくさそんそう)や霊鑑寺、安楽寺、法然院など、さらに永観堂、南禅寺などが点在する。京大や平安神宮、知恩院にも足をのばせる。