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◆夢窓国師が中興
今から1300年前、聖徳太子の別荘として建立されたといわれ、行基上人によって法相宗の寺として開山、法然上人により浄土宗に改宗、夢窓国師により臨済宗寺院として中興された。
当初は楼閣瑠璃殿や複数の庭園建築を持つ池庭など、自然地形を利用した華やかな建物や庭園が存在したが、応仁3年(1469)に建物は焼失、庭園は夢窓疎石が整備した地割りと石組が苔に覆われたまま残り、その後も名園とされている。
建築と庭園との一体化、眺望という視点を取り入れるなど前代と異なる形式で、後世の庭園技術に大きな影響を与えた。庭園は特別名勝。ほかにも茶亭の湘南亭が重要文化財建造物に指定されている。
◆夢窓疎石
甲斐(山梨県)で出家。鎌倉で参禅、戦乱の世に各地に寺を開いた。後醍醐天皇の招きで南禅寺に住み臨川寺を建て、後に足利尊氏の尊信を受けて後醍醐天皇追善のため天龍寺を建て開山となる。天龍寺船派遣による貿易をうながしたほか、門前に傑僧が集い、五山文学の最盛期をつくった。西芳寺、天龍寺のほか永保寺(美濃)、吸江寺(高知)、瑞泉寺(鎌倉)、恵林寺(甲斐)などに作庭を残し造園の指導に才能を発揮。正平6年(1351)寂、77歳。
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