(賀茂御祖神社)

京都市左京区下鴨泉川町


◆糺の森の自然に抱かれて

 上賀茂神社と同様、11世紀初頭に現在に近い姿が整えられ、寛永6年(1629)に再興された。文久3年(1863)に造り替えられている東本殿、西本殿は国宝。上賀茂神社同様、流造本殿の代表例でもある。この両本殿と1629年再興の27棟と1863年に造り替えられている4棟合わせて31棟は重要文化財建造物に指定されている。

 「糺の森」は、今も自然が残されており、四季折々、市民の憩いの場所として親しまれている。賀茂建角身命が民衆の争いを問いただし、判決を下した所から「タダス」の名がつけられたといわれている。

◆鴨長明と方丈記

 『行く川の水の流れはたえずしては…』という書き出しで知られる随筆文学の名作「方丈記」の作者・鴨長明(1155-1216)は下鴨神社の禰宜の家に生まれた鎌倉初期の歌人。管弦の道に秀で、宮中御歌所の寄人(職員)であったが、元久2年(1204)に突然出家、後に日野山の山奥に庵を結び、俗世間と離れて書きあげた。元暦2年(1189)、京都中心に起きた大地震によって神社仏閣の建物が倒れ、余震も3カ月続いたという記録が記されている。ほかに『発心集』『無名抄』など。


 葵祭のヒロイン・斎王代

 賀茂川と高野川が合流する三角州の糺(ただす)の森。朱色鮮やかな楼門や舞殿、国宝・本殿などの社殿が立ち並ぶ。賀茂氏の始祖・賀茂建角身命とその娘玉依姫命が祭神。

 5月15日の「葵祭」では牛車や御所車が御所を出て、下鴨神社から上賀茂神社へと練り歩く。神前に葵を献じ、参列者が全員挿頭(かざし)の花に葵を用いる。葵祭のヒロインが「斎王代」(さいおうだい)。伊勢の皇大神宮や京都の賀茂神社に天皇の名代として参拝する未婚の内親王のことで、現在は市民の中から選ばれる。


 おしゃれな北山通へ

 糺の森西側は下鴨本通で、賀茂川堤を経て上賀茂神社に向かうのが葵祭のコース。南に向かえば相国寺や同志社、京都御所を経て河原町など、北に向かえば府立植物園、お洒落なブティックなどが建ち並ぶ北山通を経て、上賀茂神社に出ることもできる。