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◆ダイナミックかつ繊細
鎌倉時代、後嵯峨上皇が離宮亀山殿を営んだ地に、後醍醐天皇の供養のために足利尊氏が夢窓疎石を請じて創建。尊氏は造営費用を得るために貿易船「天龍寺船」を中国に派遣した。三門、仏殿、法堂、方丈を一直線上に並べ、方丈の裏に庭園を造った典型的な禅宗寺院の地割を持つ。
8度の兵火により主要な伽藍(がらん)は失われたが、天竜寺庭園は難を免れ、特別名勝に指定されている。庭園は夢窓疎石が作庭に携わった。自然の地形を大きな築山に見立て、曹源池が2段に落下する石滝組みを構え、三尊をかたどった岩を配する。ダイナミックかつ繊細な池庭の構成や石組の手法は、室町時代以降の枯山水庭園に影響を与えている。現在の諸堂は明治期に再現された。
◆小督の局
天龍寺の南、渡月橋の西に「小督(こごう)塚」がある。「平家物語」(巻六)によると、小督は藤原成範の女で、美貌に加えた琴の名手。高倉天皇の寵愛を受けたが、妃は平清盛の娘・徳子、その怒りを恐れて嵯峨野に身を隠す。嘆き哀しんだ高倉天皇は源仲国に小督の局の行方を探させる。小督を探し求める仲国の耳に美しい琴の音「想夫恋」。仲国は連れて帰ったが、清盛によって尼にされたと伝えられる。時に23歳。能曲でも有名。
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