|
◆王城守護の大寺
延暦13年(794)、平安京造営時に国家鎮護の寺として、中央を貫く朱雀大路の南端、羅城門の東西に建立された。うち空海が真言宗寺院とした東寺は、当時(平安京)の区画規模を現在まで維持している。
本堂である金堂は入母屋造、本瓦葺の豪放雄大な桃山時代を代表する建築。金堂、五重の塔、大師堂、蓮華堂の4国宝と、講堂、潅頂院、宝蔵など9棟1基は重要文化財建造物。特に高さ57メートルの五重の塔は、日本に現存する木造塔の中では最高の高さを誇る。
延暦13年(794)、桓武天皇は奈良から長岡京(現在の京都府向日市)に都を移してしてわずか10年後、平安京に遷都。まもなく王城の地を守護する大寺、東寺と西寺の造営が進められた。平安京の中央を貫く朱雀大路の南端、平安京の正門である羅城門を挟むようにして創建された。
現在の主な伽藍(がらん)は江戸時代初期に再建されたもの。南大門から入って金堂、講堂、そして少し離れて食堂が置かれ、その右左に五重塔と灌頂院が配置されている。
◆弘法大師・空海
讃岐の国(現在の香川県)出身で、上京して初め儒教を学んだが18歳でのちの『三教指帰』を発表して仏教に入り、31歳で入唐、3年後帰国。密教弘通の勅許を得て高野山東寺を賜わり根本道場としたほか東大寺別当を兼ね綜芸種智院を経営。真言宗開祖。各地を回り加持祈祷を修したといわれ、功績を讃える伝説も各地に多い。
|