京都府宇治市宇治山田


◆現存する日本最古の神社本殿

 第15代応神、第16代仁徳、それに弟であった兎道雅郎子(うじのわきいらつこ)が祭神。応神天皇が亡くなったあと皇位をゆずりあい、兎道雅郎子はこの地に離宮を建てて住んだといわれる。

 隣の宇治神社とあわせて宇治離宮明神と総称されていたが、明治になって分離。藤原時代(11世紀後期)に造営された本殿は一間社流造りで、内殿3棟を並立させ、流造りの覆屋で覆った特殊な形式。 現存する神社本殿最古の建築で、落ちついたなかにも素朴な美しさを感じさせてくれる。

 拝殿は宇治離宮の遺構と伝えられ、板唐戸に蔀戸を入れた13世紀初頭の住宅風建築になっており、いずれも国宝。また摂社春日社本殿は重要文化財建造物。

◆仁徳天皇

 第16代。仁政を布き、農業を奨励。難波(大阪)の高津の宮に都を置いたが庶民の暮らしが貧しかったので、3年間にわたって税を免除したという話が伝えられている。3年後、高台から見降ろし、家々から食事をつくるための煙が立ちのぼっているのを見て「民の竃は賑わいにけり」と喜ばれた。大阪府堺市には、仁徳天皇陵があり、大仙陵とも呼ばれる。総面積は46万4千平方メートルで、広さにおいては世界最大の墳墓。


 現存する最古の神社本殿

 11世紀後期造営の国宝本殿は、現存する最古の神社本殿。宇治川を挟んで平等院の対岸に位置し、平等院の鎮守社として社殿が整えられた。鎌倉時代の拝殿は住宅風で国宝。

 大吉山の木立に囲まれ、拝殿の右手のわき水、桐原水は宇治七名水の一つ。源氏物語にちなむ散策道・早蕨(さわらび)の道がある。


 源氏物語ゆかりの古跡が点在

 あたりは、源氏物語の五十四帖中「橘姫」以下十帖の舞台。ここから三室戸(みむろど)にかけて各巻ゆかりの古跡が点在する。曹洞宗開祖・道元の興聖寺、また中国禅宗様式の「黄檗宗総山・万福寺、札所の三室戸寺も近い。

 興聖寺は、サクラ、ヤマブキ、ツツジ、モミジの名所。万福寺では、隠元が中国から伝えた精進料理の「普茶料理」がおすすめ。