探訪 京滋の庭
無鄰菴(京都市左京区)
▼MEMO

近代様式の先駆け 東山借景に

写真
東山の山並みや芝生の広がりが庭全体に開放感を与える
 水のせせらぎ、木々のざわめき。足を踏み入れると、町なかとは思えない静寂がある。南禅寺や平安神宮のある京の観光エリアの一 角にあり、年間3万2000人前後の観光客が訪れる。無鄰菴(むりんあん)を管理する京都市観光協会の村田澄子さん(56)は「母屋の縁側に座り込んで、1時間以上も庭を眺めている人もいますね」と話す。

 明治、大正時代に元老として権力を振るった山県有朋の別荘の庭。近代的庭園の先駆けとされる。山県が、ヨーロッパ訪問の際に目にした当時流行の風景式庭園の様式を取り入れたという。山県自ら設計や庭石選びなどをし、平安神宮の作庭などにあたった7代目小川治兵衛に1896年、造らせた。

 この庭について、京都府立大の下村孝教授(都市緑化・ガーデニング)は「いるだけで、とにかく心地の良い庭だ」と指摘する。

 広さは3000平方メートル余り。中央に芝生が広がり、琵琶湖疏水から引いた小川がゆったりと流れる。とにかく庭全体が明るい。マツやヒノキなどの常緑樹の間に、モミジなどの落葉樹を混ぜている。そのおかげで日光が弱まる冬も、日差しが庭の隅々まで行きわたる。

 工夫はほかにも見られる。敷地が狭まる東側は、伏見区の醍醐寺三宝院の庭の滝を模したとされる「三段の滝」を配して狭さを感じさせず、東山も借景に利用した。小川には浅い段差や小石を並べ、瀬音を演出している。

 無鄰菴の建物は1903年、山県や伊藤博文、桂太郎らがロシアとの外交問題を話し合うなどした歴史の舞台でもある。41年に京都市に寄贈され、51年にその庭園が国の名勝に指定された。

 今は、敷地内の母屋や茶室を有料で借りて、市民が句会や茶会を催す。母屋で大学のゼミなどを開いている下村教授は「ほっとさせてくれるなど、庭が人に果たす役割を学ぶことのできる格好の教材だ」と話す。

【2001年1月17日掲載】


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