探訪 京滋の庭
金剛能楽堂(京都市上京区)
▼MEMO

幽玄と 現実世界を 結ぶ自然

金剛能楽堂
能楽堂は、かつて花の御所があったとされる。能の故郷のような地にある庭園
 能楽堂の庭園は、幽玄の世界に浸った人々を、橋掛かりの向こうの闇(やみ)の異界から現実の世界へ引き戻す。思いを遂げずに死んだ人々、恨みつらみを抱いたまま旅立った人々が舞台によみがえる能。人々は、目の前にある生の自然に心を鎮める。

 京都御所の西側、中立売御門から烏丸通を北に上がる。金剛能楽堂は今年6月、長年住み慣れた室町から能舞台とともに移ったばかり。玄関を入ると、能舞台まで細長いロビーが続く。奥へ進むにつれ、烏丸通の喧噪(けんそう)が遠ざかる。ロビーから左手に、庭園が見える。能と能の間に、人々は庭を眺める。

 コイの泳ぐ池の背後を囲むように、モミジなどの木々が繁る。「借景は、お隣の府民ホールの木です」と金剛永謹宗家。そのエノキが庭を覆うように枝を広げる。樹齢300年、府指定の指定天然記念物だ。

 池の右手にイチョウ。能楽堂建設の前から、もとの邸宅にあり、伐採するか否かで揺れた。結局、枝を切って移植した。今は幹から新たに芽吹き、生命の力強さを印象づけている。

 池中央にせり出す石板の能舞台は、能楽堂ならではの趣向だ。金剛宗家は「まだ1度も使っていませんが、これから演能に使ってみたいですね」と。池のわきに俳人高浜虚子の小さな句碑もある。虚子が前の所有者宅をよく訪れた名残という。

 能楽堂周辺は、室町時代、花の御所(室町殿)あった。そこでは能を大成した観阿弥・世阿弥が、時の将軍、足利義満の前で能を演じた。今から約600年前のこと。ここから能が花開く。その後、嘉吉の乱では、将軍義教が能を見ている最中、暗殺される事件も起こる。能とはゆかりが深い地。能楽の故郷だ。

【2003年11月26日掲載】


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