探訪 京滋の庭
平等院庭園(京都府宇治市)
▼MEMO

鳳凰堂囲む 創建時の 洲浜を再現

平等院庭園
州浜など創建当時の庭園の復元が進む鳳凰堂周辺(宇治市宇治蓮華)
 近くの山々が赤く色づき、宇治川のせせらぎが心地よい塔ノ島の脇に、石だたみの小道が続くる。小道を隔てるさくからは、国宝の平等院鳳凰堂がかすかに見える。

 宇治市歴史資料館の杉本宏主任は「かつて平等院の境内は今よりも1メートルほど地盤が低く、鳳凰堂の対岸は宇治川まで小石が敷かれていたようだ」と推測している。

 鳳凰堂の周りには、「阿字池」と呼ばれる池が広がっているが、宇治川までの距離は、小道を挟んで30メートルほど離れている。

 1990年度から、宇治市教委が平等院の発掘調査を始め、杉本さんも当初から調査に加わってきた。調査が進むにつれて、創建時の境内の様子が見えてくると同時に、現在の境内とは趣を異にしていたことが分かってきた。

 創建時、鳳凰堂の周辺は州浜で囲まれていたことが発掘調査で明らかになり、平等院は当時の庭園を再現するために、98年度から発掘調査と並行して庭園の復元工事を進めてきた。00年秋には、境内の北側から鳳凰堂へと続く平橋反橋が架橋された。現在も発掘調査に基づく復元工事が続いている。

 平等院は、1994年に世界遺産に登録され、今や世界中でその名が知られている。鳳凰堂のほかにも、阿弥陀如来坐像や雲中供養菩薩像など、多くの国宝が存在し、ひとめ見ようと毎年約70万人が拝観に訪れる。

 また、01年春には、境内の一角に「平等院ミュージアム鳳翔館」がオープンした。国宝の彫刻や美術品を展示しており、修学旅行生や団体客らの入館が絶えない。

 今年は、鳳凰堂落慶から950年の節目の年で、4月下旬には記念の落慶法要が催された。最近になって、発掘調査で見つかった数百年前のハスやツバキの種が発芽し、花を咲かせるなど、鳳凰堂落慶千年の大きな転換期を目前にして、さまざまな話題に事欠かない。

【2003年12月3日掲載】


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