探訪 京滋の庭
瑞峯院・閑眠庭(京都市北区)
▼MEMO

平和を求め、自然石を十字架状に

瑞峯院・閑眠庭
キリシタン大名として知られた大友宗麟にちなみ、石を十字に配した瑞峯院の閑眠庭
 戦国時代に豊後(大分県)周辺を治めたキリシタン大名、大友宗麟(そうりん)が眠る大徳寺の塔頭、瑞峯院。真冬のりんとした空気に包まれた方丈の北側に、戦国の世に平和を求めた宗麟の思いを表し、自然石を十字架状に配した異色の庭「閑眠庭」がたたずむ

 瑞峯院は1535(天文4)年、大徳寺第91世の徹岫宗九(てつしゅうそうきゅう)禅師のもとで得度した宗麟が、建物を寄進。徹岫禅師を開祖に開かれた。

 方丈の南北にある庭は、開創400年を記念し、日本庭園や社寺建築の研究者らでつくる「京都林泉協会」が1962年に寄贈した。前田昌道住職(64)は「戦後しばらくは、苔(こけ)だけの庭になっていた。設計した林泉協会の重森三玲さんと、そこに宗麟の思いをくんだ『現代の庭』を造ろうと考えました」と話す。

 方丈の南側にあるのは、蓬莱山に見立てた石に、白砂が波のように打ち寄せるさまを表現した「独坐庭」。荒波に飲まれそうになっても、どっしりと座り、本当の自分の心を会得しようとする禅の教えを表すという。その反対の北側に、晩年キリスト教の洗礼を受けた宗麟の思いを反映した「閑眠庭」がある。

 南東端にある「キリシタン灯籠(とうろう)」を起点に縦に4個、横に3個の石が十字架の形に流れるように並ぶ。仏教とは異なる宗教の象徴が存在する珍しい庭だ。前田住職は「人格の完成という目的へ向かうため、キリスト教を選んだ宗麟の心を尊重し、万民の霊を弔うために造った」と説明する。

 宗教同士の対立から国際紛争がやまない現代。「仏も神も同じように世界を大きく包み込んでくれる。排他的ではいけない。人間同士がけんかするのがいかに小さなことか、この庭から感じてほしい」。前田住職は願う。

【2004年1月28日掲載】


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