+ Kyoto Shimbun 探訪 京滋の庭
探訪 京滋の庭
一休寺方丈庭園(京都府京田辺市)
▼MEMO

昭乗ら合作 三方向から味わう眺め

写真
雄大で開放的なイメージの「大海」を形づくる南庭
 一休禅師の木像が安置される重要文化財の「方丈」の廊下に出ると、整然と白い砂が敷き詰められた庭園が目に入る。庭石に見立てたサツキの木が穏やかな庭の風情をかもし出す。江戸時代初期の代表的な庭として、国の名勝にも指定されている。

 庭は、松花堂庭園(京都府八幡市)の作者、松花堂昭乗や京都市内の詩仙堂の作者として知られる石川丈山、地元の文化人だった佐川多喜六の合作とされる。寄進したのは加賀城主、前田利常氏だった。大阪の陣で、一時、南山城の木津川に滞在した前田氏は、一休寺を参詣(けい)したのが縁で、庭造りを命じたとされる。

 庭園には、作者の工夫の後がのぞく。南、北、東の3つから成り、三方向からの眺めが味わえる。東庭は多くの庭石を使い、「十六羅漢」が遊行する様を表現する。一方、北庭の一角には、蓬莱山から流れる「枯滝落水」の石組みが望める。完成まで、およそ五年の歳月を要した。

 一休禅師が、室町時代に人生の後半生を過ごした一休寺の方丈庭園は、禅師の素朴で、奥行きの深い生きざまを反映してか、質素な趣きだったと伝えられる。禅師像が安置される方丈から望む南庭は、凝(こ)った石組みなどは置かず、大海を彷彿させるような白砂が敷き詰められ、雄大で大胆なイメージを形づくる。

 地元の郷土史研究家、古川章さん(63)は「3人の作者は、一休さんが、方丈の中から立派な庭なんかいらないと苦笑しているように思えて何も作れなかったのでは」とほほえんだ。

 来訪者は年間4万人にのぼる。住職の田辺宗一さん(52)は「今の時期は夏ツバキ、秋にはモミジと四季折々の庭を眺めて欲しい」と話す。

【2001年6月20日掲載】


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