探訪 京滋の庭
金剛院庭園(京都府舞鶴市)
▼MEMO

自然と一体 長寿願う鶴亀石組み

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仏教、禅、儒教とさまざまな思想を込めて造られた庭園(京都府舞鶴市鹿原・金剛院)
 舞鶴市と福井県の境に近く、緑深い山ふところに抱かれた金剛院。自然との一体感を重視した密教を実践する場ならではの静けさと雰囲気をかもし出す。829(天長6)年、平城天皇の第三皇子真如法(高岳)親王が創建した真言宗東寺派の古刹(さつ)で、庭園は寺の山門をくぐり、すぐ左側にある。

 庭園は、安土桃山時代、戦国武将で丹後国領主細川幽斎(藤孝)が造ったと伝わる。幽斎は優れた武人だけでなく、教養高い風流人でもあり、古今和歌集の秘伝継承者として知られる。庭園にも造けいが深く、秀吉を介して親しかった千利休とともに京都聚楽第の庭園など造園にもかかわったという。

 庭園の面積230平方メートルと狭いが、中央の池に浮かび、周囲に11個の石を組み合わせて造られた中島・亀島がひときわ目を引く。文字通り、亀が大海を泳ぐ姿に見立てている。庭の端には羽をたたんで座り、首を伸ばした鶴の姿に見える石組もあり、「鶴亀の庭園」とも呼ばれている。

 その池の向こうに小さな築山がそびえ、その頂上に極楽を表す須弥山石を据えつけ、築山の下方には、池に流れ落ちる様を表した枯滝石組も施される。こうした形態から「鶴亀は中国の儒教の影響を受け、禅の思想とあわせて仏教的な要素にうまく取り込んでいる。この庭は長寿延命や幸せ、極楽浄土を願う意図で造られた」と、松尾法空住職(70)は説明する。

 境内は紅葉の名所のうえ、重文の三重塔、阿弥陀如来座像(平安時代後期)や快慶作の執金剛神立像(鎌倉時代)といった重文七体などを納めた庭園のそばの宝物殿など、見どころに事欠かない。それでも「様々な要素の混ざり合ったこの庭園に関心を寄せる方も多い」(松尾住職)という。

【2001年8月1日掲載】


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