探訪 京滋の庭
法明院(滋賀県大津市)
▼MEMO

湖を眺めて フェノロサしのぶ

写真
法明院の庭から本堂を望む。静寂に包まれた境内に、明治の美術研究者アーネスト・フェノロサの墓もある
 琵琶湖の西、滋賀県大津市の長等山の中腹に伽藍(がらん)を広げる園城寺(三井寺)で、法明院は最も北に位置する。三井寺の山門から東海道自然歩道を北へ約1キロ。大津市役所などの市街地がすぐ近くとは思えないほど、山が深い。

 境内に足を踏み入れると、山の空気が濃くなったようにさえ思える。ヒグラシやカエルの鳴く声が響く。庭の奥に進み下へ目をやると、大きく枝を張り出したモミジの下に池がひっそりと静まり、樹木の影を映している。

 法明院の庭は、江戸時代前期の作と伝えられ、急な山の斜面にあるため、堤を築いて池としている。二段に造られた池泉回遊式の庭園は珍しい造りという。

 池のそばの小道をふもとへ下っていくと、芝生が植えられた高台へ出た。うっそうと繁る木々の暗がりに慣れた目には、まぶしいほどの明るい風景。眼下に琵琶湖と大津市街地が広がり、遠く対岸には三上山が望める。

 明治時代に来日し、日本美術を世界に紹介したアメリカ人・アーネスト・フェノロサ(1853〜1908)は、岡倉天心らとともに法明院をたびたび訪れた。滋野敬淳住職によると、法明院の茶室・時雨亭に宿泊するのが常だったという。

 フェノロサが滞在先のロンドンで亡くなると、遺骨は法明院に葬られた。フェノロサの妻はこの際、手紙で次のように遺志を説明している。

 伝説では、三井寺の名鐘が昔盗まれたことがあった。だがついても鳴らず「三井寺に帰りたい」と泣きだした。夫は申しました。他の場所に葬られたら、鐘のように「三井寺に帰りたい」と泣くだろう、と。

 のびやかな湖の風景を眺めると、フェノロサがこの地に抱いた思いに近づいた気がした。

【2001年8月22日掲載】


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