探訪 京滋の庭
大山崎山荘美術館庭園(京都府大山崎町)
▼MEMO

眺望は絶景 モネに酔い写生楽しむ

写真
家族連れでにぎわう山荘庭園
 京都・JR山崎駅から踏切を越え、15分ほど名勝天王山の急坂を登るとレンガ造りの門に行き着く。木陰の道を進むと、家族連れが腰を下ろす芝生が広がる。多彩な樹木の間から、英国風洋館のバルコニーや、地下美術館に続くコンクリートの壁が見え隠れする。小川のせせらぎを聞きながら上流へ向かうと、洋館が樫の大木の後ろにひっそりとたたずむ。

 1996年に開館したアサヒビール山荘美術館には、モネの「睡蓮」や、濱田庄司ら「民芸派」の陶芸品など見ごたえのある作品が並んでいる。庭園では、春は桜やツツジが鮮やかで、夏の新緑はまぶしく、紅白のスイレンが池に浮かぶ。秋の紅葉も趣きがあり、四季折々の風情が楽しめる。

 天王山からの眺望を絶賛した大阪出身の実業家、故加賀正太郎が1912年から造成に着手した。「一木一石に至るまで、余独自の考案設計」と記している。春と秋に一枚の絵になるように植樹し、噴水のある池や小川をめぐらしたほか、芝のゴルフ場も設けた。週末ごとに財界人や文化人を招いて宴会を催した。

 だが、長引く戦争で物資が乏しくなり、ゴルフ場などは野菜畑に変わった。山荘に疎開していた正太郎のおいの加賀高之氏=大山崎町大山崎=は「タンポポの葉を吸い物に入れるなど厳しい生活だった」と振り返る。

 正太郎の死後、山荘は所有者を転々と代えた。府とアサヒビールが91年、マンション建設問題解決のため共同購入した。アサヒビールは、建築家安藤忠雄氏が設計した「地中の宝石箱」を加えて美術館として整備した。入館者は開館から5年で60万人を突破した。八幡勝栄事務長は「庭園で昼食や写生が楽しめるのは他の美術館にない魅力」と話している。

【2001年10月3日掲載】


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