探訪 京滋の庭
苔水庵(京都府福知山市)
▼MEMO

自然石使い 市中に山居の風情

写真
自然岩を生かした「苔水庵」の庭。かつては福知山城内だった
 東に再建された福知山城の天守閣、西側の福知山市役所の背後には伯耆(ほうき)丸公園を臨む。苔水(たいすい)庵を挟むように南北に伸びる通りの名が、「切り通し」「新切り通し」と呼ばれているように、江戸時代までは、このあたりは城内だった。「二の丸御殿」があった場所の真下に位置するとされる庭には、城を掘り下げた際に露出した自然岩が、うまく取り入れられている。

 1913(大正2)年、福知山の豪商、高木重兵衛が住宅として建築し、自身の雅号から「苔水庵」と名付けた。庭は敷地の西側と南側に計約500平方メートルもある。元々、茶庭として造られたこの庭の魅力を、重兵衛の孫にあたる所有者の高木米太さん=京都市左京区=は「市中山居。街中の山のたたずまいを感じる」という。さりげなく置かれた福知山近郊産の赤珪石(けいせき)の踏み石や、玄武岩の灯ろうなどに、重兵衛の地元を愛した気持ちが見て取れる。

 水害に悩まされ続けた福知山にあって、苔水庵は、由良川の流れに近い市街地に位置しながらも、少し高台にあるのが幸いして、これまで洪水の被害を免れてきた。そのためか、建物とともに、庭もほぼ当時のままの姿をとどめている。「今は枯れてしまった木もあるが、シーズンになると、モミジやハギが美しい姿を見せます。さらにはセキレイやシジュウカラなど、いろんな野鳥がやってきては、美しいさえずりを聞かせてくれる」(米太さん)。

 現在の苔水庵は、敷地の北側に立つマンションのロビーや、茶会の会場などとして使用されているほか、団体での見学者もあるが、維持管理には苦労している様子。米太さんは「今の日本の法制度では、資金面などから個人所有が難しい。このままでは日本の伝統ある建築物や庭はなくなってしまう」と危機感を募らせ、行政による保護策の必要性を訴えている。

【2001年10月17日掲載】


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