探訪 京滋の庭
松尾神社庭園(滋賀県東近江市)
▼MEMO

仏教と道教 石組が思想伝える

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仏教と道教の思想を伝える石組(左側)が特徴の枯山水庭園(八日市市松尾町)
 シイやクスノキなどが生い茂った延命山の山麓(さんろく)の鎮守の森入り口左手に大小の「石組」が突如、現れる。岩石や庭木で自然を表現した枯山水の庭園である。

 この松尾神社庭園(滋賀県東近江市松尾町)は、室町後期から桃山初期が起源といわれる。室町幕府最後の将軍、足利義昭を迎えた書院の前庭として、南近江を支配した佐々木六角氏が作庭したとの伝説も残る。

 昭和期における作庭・庭園研究の大家、重森三玲氏(1896〜1975)は1936年、同神社に隣接する延命公園内の造園のため、同市を訪れた。あたりを散策中、神社境内の一角に並んだ「石組」に目を奪われた。

 付き添った地元の古老が自分の祖父世代が作ったと説明すると、「室町後期ごろに作られた庭だろう。本当に明治時代ごろの作庭であれば、庭園研究家をやめてもいい」。重森氏は、驚きながらこうこたえたという。
 庭園は、神社拝殿と社務所の間、山すその一部に広がる。231平方メートル。中央に長さ約2メートルの石橋が渡り、その北側と南側の二つの島や、西側山麓の「石組」などからなる。

 見どころは南側の島。仏教と道教の思想を伝える「石組」を組み合わせた珍しい作風だ。仏法を守る神・帝釈天が住むという須弥山(しゅみせん)に見立てた山型の岩石(高さ1.5メートル、下幅1メートル)があり、周囲を五石が囲んで「須弥山石組」を形成。道教で長寿の象徴とされる鶴と亀の「石組」が、島を縁取るように配置されている。

 北側の島は全体が低く「石組」も質素だ。それが、南側の島を引き立てている。

 郷土史家で、同神社責任役員の和田徳蔵さん(89)=同市浜野町=は「地域の文化財として、大事に残していきたい」と話す。地元の氏子らが、庭園をひっそりと守っている。

【2001年10月31日掲載】


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