探訪 京滋の庭
大河内山荘(京都市右京区)
▼MEMO

嵐山を借景 静寂のたたずまい

写真
嵯峨野巡りの終点、あるじ好みの静寂のたたずまいで観光客を迎える山荘。二度、三度と訪れる人も多い洛西の名所だ
 嵯峨野の、ほの暗い竹林のトンネルを抜け、飾り気のない山荘の正門をくぐる。ほどなく、たどりついた旅人をねぎらうように視界が明るく開けた。松の常緑と、季節に色が移ろう広葉樹の協調が美しい。石仏が立つさびた中門の向こうに、本堂「大乗閣」のひわだぶき屋根が見えてくる。

 大河内山荘は、その名の通り、昭和初期に活躍した映画俳優・大河内傳次郎(1898〜1962年)の山荘だ。

 幾多の歌にうたわれた小倉山の南麓。約2万平方メートルの敷地を購入した傳次郎は、昭和7(32)年以降30年かけて山を整備、信頼する庭師・広瀬利兵衛とともに創作の日々を送った。銀幕に躍ったアウトローの過激な印象からはほど遠い。静寂を愛した傳次郎の魂の結晶といえる。

 自然の傾斜と嵐山を借景にした回遊式庭園を歩く。敷地北東に位置する山荘の象徴「大乗閣」は、寝殿造、書院造、数寄屋造など伝統的な住宅様式を溶け合わせた独創的な建築だ。傳次郎が練った構想を、数寄屋師の笛吹嘉一郎が実現した。

 自然の素朴な趣を残しつつ手入れされた林の中の小道を南へ。松に白砂の庭に「静雲亭」がたたずむ。一方、茶室「滴水庵」は苔(こけ)の緑に心が潤う草庵の庭だ。奥には山荘づくりの第一歩となった「持仏堂」。信仰あつい傳次郎はここでの座禅を欠かさなかった。

 山荘南西には嵐峡を見下ろす展望台がある。保津川の背に、暖色が残る嵐山が迫る。北西には、市内を抱く展望台。比叡や東山連峰に縁取られた町並みが一望できる。

 庭は歩を進めるごとに表情を変え、訪れた人を驚かせる。晩年、傳次郎が多くの映画に出演したのも庭の完成のためだった。あるじの没後は遺族の手で端正な姿を保つ。山荘巡りの終点にある記念館も、あるじの美意識を尊重した半屋外の上品な建物。愛用品や持仏堂に座るスナップ写真を展示して傳次郎の素顔を伝える。

【2001年12月12日掲載】


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