探訪 京滋の庭
法常寺(京都府亀岡市)
▼MEMO

造営時の巨岩生かし 緑に囲まれ

写真
勅使門が構える南庭。丹波の山々に囲まれ、ひっそりと美しい
 京都府亀岡市を貫く国道9号を西へ折れ、峠を越えた大阪府境近くの山林のふもとに、臨済宗妙心寺派の法常寺はひっそりとある。

 同寺を開いたのは、江戸初期の禅僧、一絲文守しゅ(いっしぶん)。多くの人々が訪ね来る都を逃れ、25歳の文守は山深い丹波・千ケ畑の地に移り住み、庵をむすぶ。法常寺はその八年後の1641年、「文守に深く帰依していた後水尾法皇が、文守のために整えた」と宮裡(みやうち)和明住職(51)は語る。

 スギやヒノキに囲まれた参道の石段を登り、本堂に向かう。そのお堂や庭は谷を埋めて建てたと伝わり、仏殿は市の文化財、庭は府の名勝にそれぞれ指定されている。

 本堂前に広がる南庭では勅使門が威容を誇り、十文字に並んだ敷石が続く。谷を削った時に現れた巨大な一枚岩が右手にそびえ、その上でサクラやフジが枝を伸ばす。岩のわきには、雷に打たれた幹が割け、なお生き延びるコウヤマキが深い緑の葉を茂らせ、勅使門左のゴヨウマツとともに亀岡市の銘木に指定されている。

 方丈裏にある枯山水の石組みの北庭には枝ばかりのモミジが並び、池に沈む葉が錦秋の美しさをしのばせる。イノシシやシカなど、山からの客もやって来るという。


 文守が自然に抱かれた同寺での暮らしを後水尾法皇にあてて詠んだ十編の「山居詩」とそれをうらやむ法皇の返歌が寺には現存し、2人の親交の深さを物語る。

 亀岡屈指の紅葉名所の同寺には、秋になるとちらほら観光客が訪れる。柔らかな冬の日差しと鳥のさえずりに包まれた縁側で宮裡住職は「木々に活力がみなぎる新緑の季節が、私は一番好きです。この地は雪深く冬が厳しいので、よけいに春の喜びを感じるのでしょうね」とほほ笑んだ。

【2002年1月23日掲載】


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