探訪 京滋の庭
多賀大社奥書院庭園(滋賀県多賀町)
▼MEMO

母の延命 秀吉が願い 寄進で造園

写真
豪華な石組みが清澄な空間に調和し、庭園の美を演出している
 滋賀県内外から年間約170万人の参拝客が訪れる多賀大社。境内の奥には、国指定の名勝・池泉鑑賞式庭園がある。仙人が住むという蓬莱島や鶴石組、亀石組を中心に構成してあり、延命長寿に御利益があるとされる多賀大社にふさわしい、めでたい庭だ。

 豊臣秀吉が16世紀末ごろ、母の大政所の延命を同大社に祈願し、米一万石を贈った。庭園は、この米をもとに造営したと伝わり、庭園と同時に建設した「太閤蔵」「太閤橋」も境内に現存する。作庭師や詳細な造営時期は不明だが、様式などから安土桃山時代と推定される。

 奥書院(県重要文化財)は、元は「不動院」という寺だった。庭園は、奥書院の北側の起伏に富んだくぼ地を利用しており、奥書院の中から見下ろすように鑑賞する。

 奥書院から向かって手前に池があり、石橋を渡った先の陸地を蓬莱島に見立てている。島から池に突きだした半島部の先端に配置した鶴石組と亀石組がまず目を引く。奥には高さ約1.7メートルの堂々とした主石を立ててある。池の上にはモミジが葉を広げる。

 現在は約700平方メートルだが、かつてはもっと広かったことが分かっている。1936(昭和11)年の名勝指定の際に行った測量調査で、蓬莱島の奥を流れる小川の対岸も庭園だったことが判明し。同大社禰宜の松宮陸良さん(60)は「経済的な問題で維持管理が困難になり、荒廃したようです。造営当時の状態に復元できるといいのですが」と残念そうに話す。

 人々の延命長寿の願いを見つめてきた庭園は、今も神域の一角にひっそりとたたずむ。奥書院の縁側に座ると、庭園の心地よい空間に包まれ、すがすがしい気分になれた。

【2002年5月29日掲載】


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