探訪 京滋の庭
住友活機園(滋賀県大津市)
▼MEMO

白壁の館に映える芝生と木々

写真
木々に囲まれ、四季折々の自然が味わえる住友活機園
 瀬田川近くの小高い丘に、松や杉、ヒノキやカエデなどの木々に囲まれた庭が広がる。セミの鳴き声が響き、時折、心地よい風も吹いてくる。

 住友活機園は1904(明治37)年、住友財閥の総理事だった近江八幡出身の伊庭貞剛(1847−1926年)が隠居のために築いた。建物は洋館と和館があり、今年4月、重要文化財に指定された。白壁の落ち着いた風情の洋館は緑鮮やかな芝生に映える。

 伊庭は、別子銅山(愛媛県)で起こった煙害に植林事業で対処した後、財閥を辞めた。晩年はふるさとで過ごしたいとの思いから大津の石山に移り住んだ。当時、交通の便が悪く、ひなびた場所だったが、琵琶湖の眺望は素晴らしかった。伊庭は静けさを求め、この地を選んだという。

 記録によると、建物が完成した後も庭には手を付けず、苗木を植え、白砂を敷いただけで、もともとあった雑木との景観は荒涼としていたという。家人や知人が手入れをするよう勧めても「まあ黙ってみていよ、この庭がどんなに立派なものになるか、200年もすれば天下に二つとない名苑(めいえん)じゃぞ」と、一笑に付したという。

 今では、伊庭が植えた木は約8150平方メートルの庭で20メートルほどに伸びた。周辺の開発が進んだ分、いっそう自然を味わえる空間となった。毎日、庭の手入れをする奥田努支配人(66)は「やって来る鳥や咲く花は季節ごとに変わる。四季折々の自然を感じられるのが喜びです」と話す。

 「名苑」といわれるのに200年も必要なかった。だが、静けさを突き破るように、新幹線がごう音を響かせながら、庭の真横を走り抜けた。100年前、新幹線が通るとは、伊庭にも予想はできなかっただろう。

【2002年8月28日掲載】


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