探訪 京滋の庭
芳春院(京都市北区)
▼MEMO

優美、壮大"まつ"の人柄しのばせる

写真
京都四閣の一つ。呑湖閣の姿が優美な庭園は小堀遠州の作
 大徳寺の総門をくぐり、禅宗らしい端正な境内を北に進むと、ひときわやさしい響きをもつ「芳春(ほうしゅん)院」に行き着く。加賀百万石の祖・前田利家の妻まつの法名をつけた菩提(ぼだい)所(1607年創建)として知られる、この塔頭の庭園は、枯山水庭園「花岸庭(かがんてい)」と、呑湖閣(どんこかく)をのぞむ池泉回遊式庭園の2園からなる。

 本堂に上がると、まず目に飛び込んでくるのが、南側に面する花岸庭。白砂が面積の大部分を占め、まぶしく照り返す。奥まった東南隅に岩山が配され、大海原が広がるかのようなスケールの大きさを感じさせる。89年、「昭和の小堀遠州」と称された元大阪芸術大学長の作庭家、故中根金作氏が手掛けた。以前は、まつが好んだという桔梗(ききょう)が一面に茂る庭だったが、「禅寺らしい趣に」と改修され、わずかに残された桔梗が往時の名残をとどめる。

 一方、廊下伝いに北側の庭にまわると、たたずまいは一変する。深い色をたたえる飽雲池(ほううんち)を中央にすえた庭は湿潤そのもの。池を渡る打月橋(だげつきょう)、そして金閣、銀閣、飛雲閣(西本願寺境内)と並び京都四閣と称される呑湖閣を配した構成は"元祖"小堀遠州の作。呑湖閣は、優美なつくりのなかに、「琵琶湖の眺望をものみ込む」という壮大さを秘め、本堂に飾られたまつの肖像画のイメージとも重なり合う。

 江戸時代と現代を代表する作庭家による2園は、実に対照的な美を競っており興味深い。来年2月末まで、長期の特別公開中で、秋吉則州住職は「この機会に庭のすばらしさに触れてほしい」と話す。

【2002年9月11日掲載】


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