探訪 京滋の庭
智積院(京都市東山区)
▼MEMO

込められた 謎読み解く楽しみも

智積院
仏教の聖地・廬山をかたどった築山があり、「利休好みの庭」と伝えられる庭園
 大書院の縁側に腰をおろすと、すぐ足元に緑の水面を揺らめかせる池が迫る。池の奥には高低差を利用した築山。この季節、庭の輪郭をすかすように刈り込まれた植え込みの新緑がすがすがしい。名勝庭園は「利休好みの庭」とも伝えられる。

 智積院の前身は、豊臣秀吉が3歳で早世した愛児鶴松の菩提(ぼだい)を弔うために建立した「祥雲禅寺」。庭もその当時にさかのぼり、石橋で区切られた南側は桃山時代の面影が残る。自然石と植え込みを交互に配して縁取られた池の水際が、名残という。

 智積院となった後、江戸時代初期の七世運敞(うんしょう)僧正が庭を完成させた。小堀遠州も作庭にかかわったとされ「東山第一の庭」と伝わる。水源が豊富で、池泉回遊式庭園として徐々に北に向かって広がり、今の姿になるまで5、60年はかかったようだ。

 運敞僧正は作庭に際し、全国から貴石や名石を集めたという。中国の仏教の聖地・廬山(ろざん)をかたどった築山には、赤や黒、茶、白など色も姿形もさまざまな岩石が、一見無造作に並ぶ。

 しかしそこには、中国の世界観が再現されている。築山の頂には宝塔が立ち、滝の流れが池に注ぐ。池は長江にたとえられ、悠久の流れを表すため底に粘土が敷かれているという。築山の南側に広がる大刈り込みは、中国の琴かバチをかたどっている。庭を目で見るだけでなく、五感で味わうようにとの配慮があるようだ。琴だと言われれば、見る側も耳を澄ます。水の音、鳥の声が響き、違った趣が感じ取れる。

 信徒課の岡沢慶澄さん(36)は「運敞僧正は漢籍にも通じた当時を代表する仏教家。庭に込めた意味を後世の人に自ら読み取ってほしいと思ったはず」と話す。

 滝のそばには、流れを見つめる羅漢石も立つ。「石の一つひとつにも意味があるはずで、その謎を読み解く楽しみも利休好みのゆえんかも」。(岡沢さん)

 5月下旬から6月にかけてはツツジやサツキも花を開き、庭に艶(つや)やかさを添える。

【2003年4月23日掲載】


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