探訪 京滋の庭
随心院(京都市山科区)
▼MEMO

一面の苔に彩り添える シャクナゲ

随心院
能之間から眺める庭には、一面に敷かれた大杉苔と、奥にシャクナゲが見える。
 150本の梅の木が並ぶ梅園を横に見ながら、門をくぐる。この辺りは、宮仕えを終えた小野小町が、邸宅を構えていたと伝えられている。

 平安時代、弘法大師の8代目の弟子、仁海僧正が正暦2(991)年に小野曼荼羅(まんだら)寺を開き、その後、寺の子房として隨心院が建立された。応仁の乱で焼失したが、慶長4(1599)年に二条、九条の両宮家からの寄進などで再興された。

 書院や能之間、庫裏などの建物が移築され、回廊でつながれているため、「坪庭」と呼ばれる中庭が形成されている。「書院をメーンに宮家の建物が配置され、貴族屋敷のような形態になっている。その中で能や茶を楽しむとき、坪庭が雅な演出を手伝っていたのでしょう」と亀谷英央執事は説明する。4カ所ある坪庭にシャクナゲやツツジが植えられ、厳かな境内に彩りを添えている。

 小町晩年の姿を写したとされる「卒塔婆小町座像」が置かれる能之間から、池などを配した庭を眺める。シャクナゲのほか、ツツジやサツキの株がきれいに刈り込まれ、9本の株がある「九品(くぼん)乃松」も見える。

 4月中旬から1カ月、薄桃色の花をつけるシャクナゲ。直射日光の少ない高地に生息する高山植物で、栽培は難しい。毎年、何本かを足し、年々の出来映えが寺関係者を一喜一憂させる。

 「洛巽(らくせん)の苔(こけ)寺」と呼ばれるように、庭一面に青々とした「大杉苔」はじゅうたんのようで、梅雨のころは美しく映える。コケも栽培は難しいが、英良彦主事は「豊富な地下水が栽培を支え、コケがためた湿気はシャクナゲの生育環境に良い影響を与えている」と話す。丹精込めて育てられた植物が、平安の才女ゆかりの地を華やかに飾っている。

【2003年5月14日掲載】


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