インデックス

出席者

府立植物園長
松谷 茂さん
まつたに・しげる 京都大大学院で森林生態学を専攻。4年前から園長。「園長さんとの気まぐれ散歩」やライトアップなど新企画で入場者数を伸ばす。
比較文学者
光田 和伸さん
みつた・かずのぶ 国際日本文化研究センター准教授(古典文学)。著書に『恋の隠し方―兼好と「徒然草」』『芭蕉めざめる』など。
日本画家
森田 りえ子さん
もりた・りえこ 四季の花や女性像を得意とし、川端龍子大賞展大賞などを受賞。京都迎賓館に作品制作。金閣寺方丈の杉戸絵、客殿天井画を描く。
歴史学者
高木 博志さん
たかぎ・ひろし 京都大人文科学研究所准教授(日本近代史)。著書に『近代天皇制と古都』『近代京都研究』(共編著)など。
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(下)桜のイメージ 転機は近代

女から男 印象転換

 −桜の伝統的なイメージも変わった。

 高木 「城と桜」という風景は1900年前後から。桜の名所の弘前城も日清戦争後、姫路城も大正期に植えられた。それまで桜は貴族のもので、城や武士には常緑の松こそがふさわしかった。それが散り際の潔さに光が当たり、女性的から男性的なものへと桜のジェンダーが転換する。

 松谷 昔、ソメイヨシノは忠魂碑の近くによく植えられていた。軍歌の「同期の桜」もある。

 高木 海軍記章に用いたり、戦闘機に「桜花(おうか)」と名付けたり。

 光田 ソメイヨシノ一辺倒の影響だ。ヤエザクラの楊貴妃のようなものではない、あんな華美なものが男の象徴では(笑)。

 とにかく、軍国主義の中、桜が散っていくのを幸せな死というイメージに重ねた。もともとソメイヨシノは自家受精せず、豊作や生殖の表象にならない。

 高木 西行の辞世の歌のような桜観と、昭和の散華的な桜観は、歴史的に連続したものでない。近代に武士道と桜の散り際が結びつけられ、「はかなさ」が「潔さ」へと再構成された。本居宣長の歌「敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山桜花」も、桜を美しいと思う心の発露で、国粋的な歌とするのは近代以降の解釈だろう。

 光田 散りゆく桜を見事に芸術にしたのは能の「桜川」。わが子がいなくなった母親が物狂いになり、川に舞い落ちて流れる花びらを網ですくおうとする。桜だからこそリアリティーがあり、桜に託す日本人の思いが濃く煮詰まっている。

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