商売繁昌と芸能の神 緑の豊かな境内を包む清澄な空気
平安時代末期、王朝の要職につき儒学者で知られた清原頼業(よりなり)をまつる。氏の死後、その菩提を弔うため同家の領地に建てられた廟が、現在の神社の前身とされる。
当時、境内には氏が好んだ桜が多く植えられ、「桜の宮」と呼ばれていた。現在の名は、鎌倉時代の後嵯峨天皇の御幸の際、社の前で車の轅(ながえ・車をひく棒)が折れて「車折大明神」の神号と正一位が贈られたため称するようになった。
売掛金の回収や商売繁昌にご利益があるほか、境内の芸能神社は全国でも珍しい芸能の神をまつる。各界の芸能人が自ら参詣に訪れ、入口にはその名が記された玉垣約2000枚がずらりと並ぶ。
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