マリオやピクミンの動き

  幼いころに遊んだ

   こむぎ山の思い出から


 宮本  茂さん(任天堂取締役情報開発本部長・京都市)



 スーパーマリオシリーズやTVコマーシャルの音楽でも話題の最新作「ピクミン」の舞台は、幼いころに遊んだ園部高近くのこむぎ山、天神山です。忠魂碑の建つ頂上付近から斜面にかけて毎日のように洞くつ探検したり、探偵団バッジをつけて駆け回ったり。小刀の「肥後の守」を持ち歩き、シノベダケや青いグスの実で鉄砲を作って遊んでいました。

校庭を駆け回る園部小の児童たち。宮本さんが小学生のころ、駆け回った「こむぎ山」が背後に(京都府園部町)
 強いメンコを作ろうと消防団の倉庫から漏れている油にひたし、硬くする技を使いました。園部川では魚採りの練習を繰り返し、ハヤを手づかみで取れるまでになりました。また、人形劇「ひょっこりひょうたん島」をテレビで見るのが大好きで、ドンガバチョのファン。マリオと同じようにひげを生やしており、どこかで影響を受けているのかもしれません。山で拾った木を壊れた人形にくっつけ、妹や友だちに一人芝居を演じたこともありました。

 園部小1年の時の担任で、今も和知町でご健在と聞く江辺文夫先生に褒められて絵を描くのが好きになりました。園部中時代は「美術部よりうまい」と称し、同級生で民芸俳優の森良男君らと漫画部を旗揚げ。赤塚不二夫の影響でギャグ漫画を描いていました。

 こむぎ山はその後、園部高で入部した山岳部のトレーニングの場としても使いました。リュックに砂を詰め、穂高などへの遠征に備えて登ったのです。ゲーム制作に携わるようになって、どんな角度でマリオがこけたりするか、どうやって跳んだりはねたりするか。アリのようなピクミンがどのように行動するかは、自分自身が身をもって体験したこむぎ山での思い出が原点です。

 ゲーム制作は遊ぶ人たちの共感を呼べるよう、子ども時代の体験をゲームの中で再生することではないでしょうか。しばしばゲームは「家に閉じこもり一人で遊ぶもの」と言われますが、家族みんなで遊べ、横で見ている人も輪に入れて会話が弾むゲームをいつも目指しています。

 小説や映画は、作者が「私の世界に入ってきて」という一方通行。でもゲームは遊ぶ人たちと、ゲームを作るぼくたちとの駆け引き、知恵比べです。ビートルズのポール・マッカートニーさんの家族に招かれ、東京で食事をした時も「家族でゲームを楽しんでいる」と喜ばれました。

 今も月1回程度、園部に帰ります。実家の犬とこむぎ山のあたりを歩くと兄や妹、友だちと夢中になって遊んだころのことを思い出すのです。(2001.12.23 掲載)

 みやもと・しげる  1952年園部町美園町生まれ。園部小、中、高を経て金沢市立美術工芸大卒。1977年に任天堂入社。「ドンキーコング」をはじめ「ゼルダの伝説」などを手がける。「スーパーマリオ」シリーズは全世界で1億5000万本を超す。役員となった現在もゲームプロデュースの第一線に。

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