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亀高の自由な雰囲気 精神的バックボーンに 上嶋 祥之さん(亀岡高同窓会関東支部事務局長・茨城県) |
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5月23日、亀高同窓会関東支部の総会を東京で開きました。70〜40代の35人が集い、旧交を温めました。40代以降、不思議と高校時代の友人との交流が復活しました。
国道9号も未舗装。車が通ると砂埃がひどく、冬は丹波霧の中、自転車で曽我部町から通学すると霧で濡れた帽子と学生服が砂で真っ白。おばけみたいになりました。 学校帰りに西町の井上尭二君(元のぞみ証券社長)宅に何人かで集まり、数学の問題を一緒に勉強しました。どうしても解けず、内藤先生にぶつけたこともあります。 特に仲の良かった5人で、毎年夫婦一緒に旅行をします。高校時代、ほんとうに深く付き合えたからこそ、一生の財産となる友人たちと知り会えたのでしょう。 父(俊一)は亀岡の小学校教員でしたが、四方修さん(元大阪府警本部長)ら教え子とは後々まで交流が続きました。教員にとっても、教え子と心が通じ合えることはほんとうに幸せだと父と接していて思いました。 曽我部小、南桑中はもちろん、亀高ではほんとうに熱心な恩師と切磋琢磨しあう友人たちに恵まれました。国語の八木先生、社会の長尾先生、世界史の松田先生、英語の伊藤先生、美術の清水先生、体育の山田先生。故人となられた先生もありますが、今でもすぐ顔やニックネームが浮かんできます。 自然や環境が人を育てると言われます。私にとって、ふるさとの亀高は粘り強さ、忍耐力、精神力、持久力、柔軟性といった人間としての資質を形成してくれました。いわば、精神的、肉体的なバックボーンです。 実社会に出て、ニューヨーク駐在を始め、商社マンとして働いてきました。どんなに離れていても、折にふれて思い出されたのは、ふるさと丹波の通称しゃみせん山、犬飼川で魚釣りなどをして遊んだ日々、亀高での楽しかった毎日です。 母校から遠く離れているだけに、関東支部の同窓会を楽しみにする卒業生が多いようです。来年もまた、楽しく語り合えることでしょう。(2002.6.17掲載)
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