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分数のできない大学生、100マス計算の必要性など「学力崩壊」が話題となって久しい。先週末には文部科学省が全国一斉テストの結果を公表したが、「現場の努力で成果が上がりつつあるが、不十分なものもある」と明確な結論を避けた。 「学力とは、どれだけ人の痛みが分かるのかという想像力。塾では繰り返し、『情のある人間になれ』と説いています。社会に出た後は、マニュアルがなく未知の状態でどう対処するのかを考える力のことでしょう」 「ノートの取り方など事務処理能力と、テストの点数が正比例するのは事実ですが、成績と人格や頭の良さは別のもの。隠さず、互いの点数を言わせるようにしています。生徒に掃除を任せていますが、段取りの良さとも関係ないようです」 父信男さんが塾を開いて半世紀。「霧の深いこの丹波の者でも、東京や大阪の者に、何くそ!負けるものかと思う者は来たれ」の宣伝文句で知られる。現在は高校生が対象だ。 「いちばん感じるのは生徒を伸ばすのも、つぶすのも教師ということ。教師にできるのは、きっかけづくりだけですが、『勉強って面白い』と思えた生徒は、やらされているといった態度から変わり、自分でどんどん走りだします。そのきっかけをつくってきた自負はあるんです。入塾試験で合格が取れなくても、100の英文を渡して1週間で完全に暗記できれば受け入れているんです」
「予備校、高校でも教えていますが、塾の授業を続けるのは生徒と人間的な付き合いをしたいからかもしれません。予備校では高校中退者と話す機会がありますが、彼らは一様に常識的な受け答えのできる若者。なぜ、高校は彼らを中退させてしまったんだろう、個々の事情があるにせよ、教師はとことん彼らに向き合い、話し合ったのだろうかと疑問を感じることがありますね」 なぜ勉強が必要なのか、授業中に繰り返し生徒に説いている。 「大学に合格したら、それで終わり、ではありません。一隅を照らすという言葉がありますが、自分自身に興味のあること、得意なことで将来、人様に還元できること、貢献できることがないか。それを大学で探し、考えるために勉強するんやと話しているんです」(人づくりシリーズ おわり) |
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| 京都新聞 丹波版 2005年4月29日掲載 | ||||
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