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こころの病に接するには
龍谷大 法学部 教授
鍋島 直樹 氏

龍谷大 法学部 教授 鍋島 直樹 氏

■どう接すればよいか  こころの病は誰しも起こりうることです。例えば、家族との別れ、信頼する者の裏切り、何でも自分のせいだと罪悪感を感じることや、なぜ自分だけがこんな目に遭うのかという答えのない苦しみもあります。では心の病の人間にはどう接すればいいのでしょう。

■「見守り」と「求道」

 私は「見守り」と「求道」ではないかと考えます。親鸞聖人の『教行信証』によると、両親を牢獄に閉じ込め、父を死に追いやったことを悔やみ病気になるアジャセ王に釈尊が接しました。普通は「大丈夫だ」と励ますのでしょうが、釈尊はただ黙って側にいるだけでした。苦しみは簡単に消えないけれども、そばで仏が見守ってくれるだけで温もりを感じる。何かをしてくれなくても、ただ、そこにいて丸ごと自分を受け止めてくれる存在こそが救いになると思うのです。そして「求道」。ひとは絶望のなかで、真実を求めます。立ち直るのに長い時間がかかります。そんな時、一緒に答えを考えることが大切なのです。

■宗教の働き

 宗教には二つの働きがあります。一つは苦しみに対して、過去の釈尊などの思想に寄り添いながら、どの方向に自分が向かえばいいかの羅針盤となる点です。もう一つは泥の中から咲く花のように、現実の悲しみの中で生きる力を湧かせること。住職に話を聞いてもらったり、仏壇に手を合わせて故人をしのぶ中で、亡き人の愛情を感じ取り現実に返っていけるようになることです。

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