「美術界この1年−京都・関西を中心に

効率とスローネス…両極のあいだの実践と模索

 暮れの午後のひとときを森美術館の開館記念展「ハピネス」の会場で過ごした。東京に誕生したことし一番の人気スポット・六本木ヒルズ。超高層タワーの52、53階にオープンした森美術館は「空に一番近い美術館」が売り。年間予算は20億円。所蔵品はもたず、国内外から作品を借りて展示するなど新しい美術館をうたう。「アルカディア(楽園)」など4つのテーマのもと古今東西、現存物故アーティストの作品を色とりどりに並べた展示は、文脈に沿って構成される旧来の鑑賞スタイルより、何でもありの多様・多彩性を印象づける。これだけそろっていれば、鑑賞者が何か一つはお気に入りの作品をみつけて満足できるというもの。美術館とセットされた360度の東京の眺望も楽しめるし、買い物も高級レストランの食事も…。消費や鑑賞の満足と商業主義的な効率を計算した戦略が森美術館にもハピネス展にも垣間見える。

 ▽公立美術館の苦難

 六本木ヒルズのにぎわいを見ていれば、「どこか不景気なんですか」と開き直る、この国の首相の言葉も無理からぬかとも思えるのだが、地方都市の疲弊と同様、公・私立の美術館・博物館は一様に苦境に立たされている。日本博物館協会の統計では、全国に約4千と言われる館園の入館者数は、ピーク時に比べて一館平均で年間3万人減った計算になる。自治体の税収減が、館運営の予算削減を強いる。公立美術館の受難が、突出した形で表面化したのが芦屋市立美術博物館だ。

 阪神大震災以来、財政が危機的状況にある芦屋市は、文化予算などの見直しを進め、美術博物館の民間委託や売却、最悪の場合は06年3月の「閉館」という方針を提案。公立美術館閉館の危機という前代未聞のニュースは衝撃となって美術界に広がった。戦後わが国の現代美術に大きな足跡を残し、世界的に評価された具体美術協会の地元の美術館として、具体の展覧会企画や作品・資料収集と研究を進め、海外の研究者が必ず訪れる拠点となってきた実績などが、何の顧慮なく崩されかねない今回の提案。美術館や博物館に対する評価が内容や充実度より、入場者の数や収益の方が優先されがちな近年の風潮を如実に反映している。

 ▽歴史ある館の知恵

 美術は、ハッピーな気分や癒(いや)しのためだけのものではない。その前衛性のため、ときに世の常識から非難され、スキャンダルの対象ともなる。芸術がもつ本質的な側面も合わせて理解してもらうためにも美術館・博物館の存在意義がある。そうした積み重ねを続けてきた歴史ある美術館が、現実に対して柔軟な知恵や工夫を発揮した一年でもあった。1世紀を超える歴史をもつ京都国立博物館は、映画スターウオーズの製作過程や撮影に使われた模型などを展示した「アートオブスター・ウオーズ」で美術関係者の全国的な関心を集めた。「そこまでやるか」と集客増加作戦に対する批判も聞かれたが、入場者は12万人を数え、新しい来館者層を発掘した知恵は賛否織り交ぜて話題となった分だけ実験的であった。一方で祇園祭・長刀鉾の実物を展示し、間近に見事な金工装飾を見る鑑賞を実現した秋の特別展「金色のかざり」は京博の歴史と力量を示した。

 開館70周年を迎えた京都市美術館はコレクション展の工夫に加え、「劉生と京都」のような従来欠落していた視点のもとに新たな掘り起こしを進めた優れた企画展を開催。京都国立近代美術館は、地味路線ではあったが、「神坂雪佳」「ヨハネス・イッテン」など内容濃い企画展に加え、横尾忠則の芸術に対する見事な視点と論文提示と言える「横尾byヨコオ」のような面白い展覧会もさすがと思わせた。

 ▽スローネスの提案

 六本木ヒルズや森美術館「ハッピネス」が、満足への効率や効果を突き進めた商業主義的な美術戦略の極北だとすれば、その対極の価値観ともいうべき「スローネス」を掲げたのは第1回の「京都ビエンナーレ」。京都の土や竹、ワラで憩いの構築物をゆっくりとつくり上げた遠野未来や、時間をかけて探す楽しみの須田悦弘の小さな木彫、各地を歩いて集めた土の歴史や文化の色を美しく見せる栗田宏一、スローフードさえも商業主義に組み込まれる現実に、揺るがない自らのスローネスの価値観を独創的な料理で具現した高野克典は、美術の創作や鑑賞の地平でひとりひとりがどう自分の確たる位置や価値観を見いだしていくかの余韻を残した。

 ▽印象深い個展

 記憶に残る個展は京都への隠喩を3つの場所で見事に示した北辻良央。数年来、「僕達は本当に怯(おび)えなくてもいいのでしょうか」の文章を呪(じゅ)文のように電動カッターで黒い樹脂平面に刻み続けていた福岡道雄は、これまでで最大の作品を京都で発表。イラク戦争や日本の自衛隊の派遣という戦後のこの国の最大の曲がり角を前に、改めて思い起こされる個展だった。

 ▽人間国宝、芸術院会員

 ことしも重要無形文化財保持者(人間国宝)に京都から村山明(木工)早川尚古斎(竹工芸)の二人が認定され、秋には日本芸術院新会員に陶芸の今井政之が選ばれた。工芸では故楠部彌弌以来。
 京博のような畸の要素に近いアイデアを随所に織り込んで、なかなかには沈まない京都の美術や文化のふところの深さをさまざまに感じた一年であった。=文中敬称略

 (太田垣實)

 写真(左)=京博「金色のかざり」では祇園祭・長刀鉾の実物が展示された

 写真(右)=「スローネス」をテーマに開かれた京都ビエンナーレ。遠野未来の作品


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◆発動 京都の工芸  ◆挑発する美術家たち