アート新・古・今
京都の時空に遊ぶ《1》
 閉塞感ただよう世の中同様に、アートシーンもいまひとつ元気がない。それでも京都の歴史都市空間には、新しい芸術表現の種がまかれ、社寺の建築や庭園の造形、伝統文化が現代の美術表現のヒントともなってきた。そんな京都の時空を自由に歩いてみたい。
徳正寺の超茶室「矩庵」

座敷から見た奧庭と茶室「矩庵」。アーチ型と柔らかなウエーブを見せる芝生の「緑の彫刻」

 「徳正寺は、3年前に死去した日本画家、秋野不矩さんの末子で陶芸家の秋野等さんが住職をつとめる真宗大谷派の寺である。現代美術家の赤瀬川原平さんや建築家の藤森照信さん、イラスト・ライターの南伸坊さんらが1986年に結成した「路上観察学会」が、最初のフィールドワークを京都で実施した際に、学会の京都支部、拠点となった寺でもある。その成果 は『京都おもしろウオッチング』(新潮社)につながった。

地面から浮く感じ

 富小路四条を少し南に下がった場所にある徳正寺は、四条通りのにぎわいさは消え、ビルの谷間の静かさを保つ。その境内の奧庭に昨年5月、なんとも奇妙で不可思議な茶室ができ上がった。煎茶の小川流家元の小川後楽さんを招いての茶室びらきから1年になるが、もう何年も前からあるかのようになじんだ風情を見せる。白川砂を敷いた庭。庭を囲む壁面 の南西の角に張り付いた格好と、地面から浮いたような感じで茶室がある。茶室を下から支える基礎の掘立柱は、樹齢20年ほどの三つ又になった栗の木。応接座敷の縁から降りると蹲踞(つくばい)があり、飛び石を渡って茶室の下に向かう。同じ栗の木の枝などでつくったハシゴを登って茶室に入る。

庫裡の2階から見た「矩庵」。南西の角に張り付き、三つ又の栗の樹上に浮くように存在する。((左)が藤森照信さん(右)が秋野等さん)

 内部は3畳ほど。ワラスサ入りのしっくいを塗った内部は素朴な温もりを覚えさせる。手製ステンドグラスの窓を開け閉めする開口部が庭に向いてあるせいか、窮屈さはなく、落ち着ける。茶室にはつきものの床や床柱はない。正面 の壁には秋野不矩さんが亡くなる前に最後に出かけたアフリカ旅行のスケッチが飾られ、採取した西サハラ砂漠の砂を入れたびんが少しへこんだ場所に置かれている。施主の等さんの意向だ。

 茶室「矩庵」を設計したのは藤森照信さん。東大で建築史学を教え、01年に日本建築学会賞を受賞。美術関係の建築では、日本芸術大賞を受けた「ニラハウス(赤瀬川原平邸)」や98年に天竜市に開館した「秋野不矩美術館」などが知られる。茶室の依頼は、美術館ができたころ徳正寺から受けていた。建てる場所はうっそうとした植物が生え、厠の建物もあったところ。阪神大震災で崩れたため更地にされ、そこに茶室をということだった。

 湿気が多いのが大嫌いという藤森さんは、茶室を地面から上げ、樹上に空間をつくるアイデアと、小さい庭だから壁にくっつけることを着想。02年春から着手し、施主の秋野等さんや路上観察学会の顔ぶれと重なる「縄文建築団」の面 々も手伝い、藤森さんの月1回程度の指示を受けながら施工作業を担当、13カ月をかけて完成した。

炉用穴には生け花

正面壁に秋野不矩さんのアフリカ旅行の写 生帳とサハラの砂がある。茶室の名称は秋野不矩さんの「矩」や「規矩準縄」の熟語に由来する。

 茶室の概念やスタイルにとらわれない自然な趣が漂う超茶室。三つ又の栗の樹上に浮かぶ感じといい、床や水屋をなくした趣向といい、藤森さんの自由でとらわれない創意が随所に息づく。

 「日本の近代建築では、堀口捨己以降、茶室に正面から組んだ人はいません。磯崎新さんも安藤忠雄さんも茶室をつくっているけど、茶室になってしまう。ぼくは建築史学の人間だから、利休の待庵はじめほとんどの茶室を見ていますが、利休のすごさは分かっても茶室を崇(あが)めるような気持ちはありません」

 徳正寺の話では、茶室の依頼を受けた藤森さんは、厠のあった場所でもあったことから「くみ取り口がにじり口か…」と冗談を飛ばしていたとか。マルセル・デユシャンが既製品の便器を「泉」と題して出品、物についた名前をはぎとり新しい芸術概念を生み出したことは良く知られるところだが、茶室「矩庵」には既成の概念から自由な遊びの精神、「畸(き)」の思想が垣間見える。それは使い古された日常陶器や無用のものにもわびの精神を見た利休の心、さらには赤瀬川原平による超芸術トマソンの発見から始まりマンホールの蓋や電柱の張り紙など路上のさまざまな物件の面 白や坪庭の発見にまで広がった路上観察学会の京都での成果『京都おもしろウオッチング』の愉快さにも通 底している。

 矩庵には炉にするための円い穴があるが、煎茶を主にする場に炉は無用という小川後楽さんの指摘もあり、炉用の穴には水が張られ、四季折々の花が生けられる。

 「茶室に炉を持ち込んだのは、茶の大成者の利休。中国茶の伝統をひく煎茶にとっては、この野郎め、許せないというところだったんでしょうね。小川さんの指摘は、茶室を論じるときに床は語っても炉に対する視点を欠落させてきた問題に気づかされることになりました」と藤森さん。

芝生の「緑の彫刻」

 茶室のある庭でアクセントになっている芝生の不思議な造形がある。一つはアーチ型、もう一つは波を打つようなうねりをたたえる。藤森さんによれば、アーチ型はフランスの建築家ル=コルビュジエ、ウエーブの方はダリの絵の「柔らかな時計」のオマージュという。

 「茶室ができてから前から考えていた緑の彫刻をつくってみたいと考えたんです。1968年の神戸須磨離宮公園現代彫刻展で関根伸夫がつくった『位相−大地』は私の考える緑の彫刻として衝撃でしたが、それ以降、あまりつくられていませんからね。そういう私の意図は別 にして、徳正寺の檀家のお年寄りたちには、緑の彫刻、コルビュジエと言っても分かってもらえないから、アーチは天国への門、波の方は三途の川と説明してもらっています。これなら納得ですよ」と藤森さんは大笑した。

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