アート新・古・今
京都の時空に遊ぶ《7》
 閉塞感ただよう世の中同様に、アートシーンもい まひとつ元気がない。それでも京都の歴史都市空間には、新しい芸術表現の種がまかれ、社寺の建築や庭園の造形、伝統文化が現代の美術表現のヒントともなっ てきた。そんな京都の時空を自由に歩いてみたい。
森村泰昌のフェルメール「画家のア トリエ」 新旧、和洋、時超えた対話

森村泰昌が近江八幡のボーダレス・アートギャラ リーNO−MAにつくったフェルメール「画家のアトリエ(絵画芸術)」の部屋。和洋混じった不思議な雰囲気((c)福永一夫)

 近江八幡の旧市街の一角に新しい美術の拠点「ボーダレス・アートギャラリーNO−MA」が誕生した。その名のとおり優れた表現能力を もったすべての創(つく)り手に分け隔てなく開かれた活動をめざす。そのオープニング記念展「静かなる燃焼系−私あるいは私」(9月20日まで)で出品作 家のひとり、美術家の森村泰昌が、建物2階の一室に不思議な部屋を演出している。

 床のある和室なのにシャンデリアが天井からつり下がり、床面は白と黒の床タイル。イーゼル(画架)に描きかけの絵があるかと思えば、 掛け軸もある。障子には横文字の世界地図が透けて見える。和と洋の入り交じった何とも奇妙だが、インパクトのある部屋。

 名画の中に入る

京表具やコロタイプ印刷の技でできた掛け軸と森村 泰昌さん

 森村は、耳を切ったゴッホの自画像に自らが扮(ふん)したセルフポートレート作品で注目されて以来、西洋美術史を彩る巨匠たちの名画 の人物に自らがすり替わる作品で、国際的な脚光を浴びてきた。絵画ばかりでなく映画女優に扮したり、映画や舞台で実際に演じるなど今やアートシーンのカリ スマ的な存在だ。

 そんな森村のつくった部屋だからと、中のしつらえや卓上においてある物や床の掛け軸、棚のトランペットなどを見ていくと、オランダ 17世紀の画家フェルメールの作品「画家のアトリエ(絵画芸術)」の中にあるアイテム(品目)と似通っていることに気づき、この部屋が「画家のアトリエ」 のバリエーションであることがわかってくる。

 ゴッホ、レンブラント、マネ、英国のラファエル前派、メキシコのフリーダ・カーロ…さまざまな名画の中に入り、描かれた人物に扮装し てきた森村だが、フェルメールの絵画をテーマにしたのは今回が初めて。「NHKの日曜美術館の番組で『画家のアトリエ』を取り上げることになり、実際に再 現するプランが持ち込まれました」と森村。

 フェルメールの「画家のアトリエ」の絵は、いま神戸市立博物館で開催中の「栄光のオランダ・フランドル絵画展」(10月11日まで) の目玉作品として陳列されている。フェルメールの作品は本物は30数点しかないが、この「画家のアトリエ」は、フェルメールが生涯手元においていた作品で あり、小品が多いなかで比較的大きな絵(縦120センチ、横100センチ)。フェルメールの絵画のなかで最高傑作とする研究者もいる。第二次世界大戦のと きにはヒトラーが美術館をつくって飾るべく身近において鑑賞していたというエピソードまであり、神戸での展示は多数の鑑賞者を集めている。

 オランダ画家滞在

フェルメール「画家のアトリエ(絵画芸術)」 ((c)Kunsthistorisches Museum Wien)神戸市立博物館で開催中の「栄光のオランダ・フランドル絵画展」で展示され人気を 集めている

 森村はテレビ番組で「画家のアトリエ」をさまざまな角度から研究。学者らの協力も求めながら、絵の中のタイルと同じものから寸法を割 り出して、フェルメールの絵と同じ大きさの部屋や家具、調度品などを再現。その過程で、フェルメールが遠近法的でない作画を意図した試みや、カメラオブス キュラで見る映像に純粋に感動して絵にしたことなどを発見していった。月桂冠を被り、本とトランペットをもつ絵の中の女神クリオや、フェルメール自身とも 言われる後ろ姿の画家に森村が扮し、「画家のアトリエ」のモリムラバージョンをつくったことはいうまでもない。

 そのときのシャンデリアやイス、画架などを使い、和洋融合の部屋にしたのが、「NO−MA」のオープン記念展の部屋というわけだ。こ の部屋は、フェルメールとおぼしきオランダ人画家が、日本の建物に滞在し、和室のしつらえに自国の文化の品々を持ち込んで制作しているという想定になって いる。安土桃山時代には南蛮貿易などで異国人が日本を訪れていたし、鎖国をしていた江戸時代にも長崎・出島には、オランダ商館があり、商館長は江戸城での 将軍拝謁のため長旅をした。その旅でのオランダ宿が京都にもあったことも事実だから、同行したオランダ人画家が滞在したという想定もあながち的をはずれて はいない。もっともフェルメール自身はオランダの小さな町デルフトを生涯離れることはなかったが…。

 掛け軸に京都の技

 フェルメールと森村の芸術家としての時を超えた対話。その構想の実現には、さまざまな協力があった。その一つは森村版のフェルメール 「画家のアトリエ」の作品を掛け軸にする京都の表具の技や、京都の美術印刷の老舗のコロタイプによる絹本刷りの技術だ。

 「床にはどうしても掛け軸でなければと考えました。ぼくの作品を掛け軸にするのは初めてでしたが、京都ならではの技とネットワーク、 伝統を受け継ぎながら新しい試みにチャレンジし、良いものをつくろうとする熱意やこだわりで鮮やかなものができました」と森村。表具は現代美術作品の表装 に斬(ざん)新な感覚を見せる村山秀紀が、150年前のジャワの手描き更紗の柄を大胆に使って森村の作品を盛り上げ、絹本へのコロタイプ印刷は昭和十年に 法隆寺金堂壁画を原寸大撮影し複製再現した京都の便利堂が独自に開発した精巧な技でこたえた。村山の先々代は法隆寺金堂壁画コロタイプ複製の表装を手掛け ており、ここでも伝統と現在との結びつきが生きている。森村版のフェルメール「画家のアトリエ(絵画芸術)」の掛け軸には、美を支える京都の裏方たちのわ ざと感覚がそそぎ込まれてもいるのだ。

 初めてフェルメールの絵画をテーマにした森村は、「真珠の耳飾りの少女」と「デルフトの眺望」をテーマにし、三幅対のフェルメール作 品にする計画を立てている。

 「今の時代は声高に自己主張し、自己アピールしたもの勝ちのような風潮がどんどん強まっている。フェルメールは日常の光景を静かにひ かえめに描いている。寡黙なまでに静かな世界は、現代の表現を考えると逆に非常に新鮮で大きな意味をもっていると思う」と。=敬称略

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