アート新・古・今
京都の時空に遊ぶ《8》
 閉塞感ただよう世の中同様に、アートシーンもい まひとつ元気がない。それでも京都の歴史都市空間には、新しい芸術表現の種がまかれ、社寺の建築や庭園の造形、伝統文化が現代の美術表現のヒントともなっ てきた。そんな京都の時空を自由に歩いてみたい。
空也上人立像とヤノベケンジ「大地 のアンテナ」 時代生きる民衆の中へ

日本の木造彫刻の傑作「空也上人立像」(鎌倉時 代、重要文化財)=六波羅蜜寺提供

 京都市東山区にある名刹(さつ)、六波羅蜜寺。この寺の一帯は、古代は風葬の地、鳥辺野の入り口にあたっていた。「ろくはら」は「髑 髏(どくろ)が原」がなまった呼び名ともいう。住宅密集する現在の風景からは想像もつかないが、平安のはるか昔は、しゃれこうべの転がる光景が日常的であ り、散乱した骸骨(がいこつ)に油をかけて燃やし、ねんごろに葬っていた僧が空也(903−972)その人だ。

 市聖(いちのひじり)と呼ばれたように空也は常に市井にあって民衆とともに生きた。橋をかけたり、井戸の水脈を掘りあてて人々を救済 した。いつも南無阿弥陀仏の念仏を唱え、浄土信仰を広めたから阿弥陀聖(あみだひじり)とも呼ばれる。京のまちに疫病が大流行した天暦5年、空也は自ら十 一面観音像を彫り、市中をひきまわして茶を点じて供え、それを病人に飲ませると快癒したともいう。

 布教のために始めた踊り念仏など民衆の心とともに生きた空也の姿が今も生き生きと脈打つのが空也上人立像だ。空也が生きた時代から約 300年後の鎌倉時代につくられた像は、運慶の四男にあたる仏師、康勝の作。わが国の木造肖像彫刻の最高傑作の一つとして名高い。胸に金鼓を下げ、右手に は鉦(かね)を鳴らす撞木(しゅもく)、左手には鹿の角を載せた杖(つえ)。空也上人の生前の姿を生き写したような写実的な表現。とりわけ口から六体の小 さな阿弥陀像が連なって出る様子は、なむあみだぶつの六字の名号の音の視覚的な描写として一度見たら忘れられない強烈な印象を刻みつける。

 アトムスーツ像

ヤノベケンジのアトムスーツプロジェクト「大地の アンテナ」(2000)

 この空也上人立像の姿を引用して、独自の現代美術作品を生み出したのがヤノベケンジのアトムスーツ・シリーズの作品「大地のアンテ ナ」だ。放射線を防御する黄色いアトムスーツをまとったヤノベの等身大の像がライトボックスの箱の上に立つ。周囲には500体のアトムスーツの小さなプラ モデル像が等間隔に並び、頭上のアンテナは目に見えない宇宙線や自然界の放射線をキャッチして、時おりピッと優しい音を出す。

 「小学校の教科書で初めて空也上人像を見たとき生身の生きた姿のように思いました。彫刻家として見ても、この像は素晴らしいし、常に 民衆の中に入って布教し、人々を救済した空也の生き方にもひかれます。踊り念仏を始めたり、ときにユーモアも取り入れたパフォーマンスで人々をひきつけた 姿勢は、森村泰昌さんとかボクとか関西の現代美術家とも共通したものも感じます」とヤノベは話す。

 「未来の廃墟」から

「大地のアンテナ」の空也上人立像を引用したヤノ ベの等身大像=部分

 京都芸大大学院を修了し、ロンドンの王立美術学校でも学んだヤノベは、現代のアートシーンでパワフルな制作活動を続けるトリックス ター的な存在。茨木市で少年時代を送り、大阪万博のパビリオンが次々取り壊される光景で遊んで育った。「人類の進歩と調和」をうたい未来都市の夢を象徴し た万博のパビリオンが壊され捨てられていく光景は、ヤノベ少年にとって「未来の廃墟(はいきょ)」の実感だった。未来の夢とビジョンが廃墟としてあり、そ こから出発しなければならない逆説。ヤノベにとって現在や未来への時間旅行は、いきおい妄想性を帯びたものにならざるを得ず、核戦争による世界の終末など の妄想とも重なって、人類がさまざまな装置やマシーンで生き延びるためのサバイバル的な作品を生み出してきた。その奇想天外さやユーモアを帯びたパワフル さ。単に見るだけでなく作品の中に実際に入って完結する体験型の在り方とともにヤノベの作品は国内外のアートシーンで熱い注目を集める。

 チェルノブイリへ

 「未来の廃墟」をさらに体験するため、ヤノベは最大・最悪の原発事故が1986年に起こり多数の死傷者が出たウクライナ共和国のチェ ルノブイリに出かけた。97年のことだ。放射能を感知するガイガーカウンターのついたアトムスーツを身にまとっての旅。破壊された町、閉鎖された保育園や 病院。廃墟となった光景をまのあたりにする一方で、放射能に汚染された町に再び戻り、なおも留まらざるを得ない老人や子どもの現実と生活は、ヤノベにとっ て衝撃であり、作品にすることへの葛藤(かっとう)や自問自答を強いることにもなった。

 翌98年、アトムスーツのヤノベが原発近くの遊園地や汚染された川のほとりにたたずむ写真作品を「アトムスーツ・プロジェクト」とし て発表したが、そこには現地の人々は一人として映っていない。放射能汚染されたチェルノブイリで暮らさなければならない人の生の重みまで背負えるかという 自らへの問いかけのためだった。

 「ボクの作品を見た若い人が、チェルノブイリは自分に関係のない遠い世界のことと思っていたのに、身近に感じるようになり、原発事故 のことも改めて考えなければと思うようになった、と言ってくれたんです。そのとき自分が感じ体験したものをすべて込めてみようとふっきれました」とヤノベ は言う。

 2年後、東京都現代美術館の企画展「ギフト・オブ・ホープ(希望の贈り物)」で発表したのが、「大地のアンテナ」だ。空也上人像を引 用したヤノベの等身大像の下のライトボックスにはチェルノブイリでの膨大なドキュメント写真やヤノベが現地での思いを綴(つづ)った記録が封印されてい る。民衆の中に入り、民衆とともに生きた空也上人のように、アトムスーツのヤノベ像もメッセージを投げかける。核の時代の狂気や未来の廃墟から生き残る願 いが、地球上の心ある人々のアンテナにキャッチされることを祈って。

 この「大地のアンテナ」のあと、ヤノベはチェルノブイリの保育園で拾ったオモチャをモデルにした大きな人形造形が立ち上がる「スタン ダ」を発表。サバイバルからリバイバル、そして次の時代を生きる子どもたちが新しい未来を夢見ることのできる造形表現へ。「大地のアンテナ」は、ヤノベ自 ら語るように一つのターニングポイントになった作品でもある。=敬称略

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