アート新・古・今
京都の時空に遊ぶ《11》
 閉塞感ただよう世の中同様に、アートシーンもい まひとつ元気がない。それでも京都の歴史都市空間には、新しい芸術表現の種がまかれ、社寺の建築や庭園の造形、伝統文化が現代の美術表現のヒントともなっ てきた。そんな京都の時空を自由に歩いてみたい。
京の鳥居と清水九兵衞の朱の彫刻 風景とフォルムの「相即不離」

伏見稲荷大社の千本鳥居。周囲の緑と調和した朱の鳥居が続く。現代美術的に言えば壮観なインスタレーションだ

 京都市左京区の岡崎公園。平安神宮の大鳥居がランドマークのように立つ。2002年に国の登録文化財に指定された大鳥居は、昭和4(1929)年の創建。高さ24メートル。両端に少しの反り増しをもった水平の笠木の長さは34メートル。最大級の威容を見せて立つ大鳥居はこの秋、75年ぶりの化粧直しを終え、朱色や金箔押し直しの錺(かざり)金具の輝きを取り戻した。この大鳥居の東側の京都市美術館前庭の植え込みには、清水九兵衞の彫刻「朱態」(1990)があり、みやこめっせの前には清水の野外彫刻「朱鳥舞」(1996)が、環境となじんだ現代の朱のフォルムを浮き立たせている。

三柱鳥居の造形性

三つの明神型鳥居が組み合わされた蚕の社(木嶋神社=京都市右京区太秦森ケ東町)の「三つ鳥居(三柱鳥居)」。明快な造形

 京都には、寺院や神社が数多い。鎮守の森の神域や参道入り口に立つ鳥居は、見なれたものの一つだ。鳥居の起源は諸説あって定かではない。古代インドの塔門(トラーナ)に音と形が似ていることを起源とする見方など諸説あるが、決め手はない。一般には鳥居の「通り入る」という語感や、聖域と俗界とを分ける結界的な役割が知られている。

 石や木の素材の違いはあるが、鳥居の形態は基本的に、そう大きく変わらない。京都の鳥居は、平安神宮の大鳥居のような大きなものから、会社の屋上にまつられた祠の鳥居や民家につくられた不浄を避けるための小さな鳥居まで大小さまざまだ。鳥居の造形や構成のおもしろさから言えば、蚕の社の呼び名で知られる木嶋神社の三つ鳥居(三柱鳥居)がいちばんだ。京都御苑南西にある厳島神社の唐破風型鳥居、北野天満宮・伴氏社の石鳥居とともに京都の三珍鳥居の一つだが、現代にも通じる造形の明快さは、三つ鳥居が秀逸。三本の柱で三本の笠木と貫をつないだ三方正面の石鳥居。上から見ると正三角形になるから三角鳥居や三面鳥居とも呼ばれる。

 木嶋神社の三つ鳥居が、いつごろ、どのような目的でつくられたかは、はっきりしない。現在の三つ鳥居は、享保年間に修復されたといい、安永9(1780)年刊の『都名所図会』にも描かれている。評判をよんだことは事実であり、それを模した鳥居が各地につくられたことも確かだ。8日まで開かれている京都非公開文化財特別拝観の一つ、南禅寺・大寧軒の庭園にも、三角鳥居があって驚かされた。これもまた蚕の社の三つ鳥居が及ぼした影響の現れだ。

千本鳥居の壮観

周囲の環境との調和が意図された清水九兵衞の朱の彫刻「朱鳥舞」(1996)

  鳥居を現代の造形的な視点で見たとき、圧倒的な数と規模、自然環境との調和といった点で傑出した魅力をもつのは伏見稲荷大社の千本鳥居だ。朱の鳥居が連続して立ち並び、鳥居のトンネルをつくる。2つ道に分かれて合流したり、陽光が差し込む色の変化もあって朱の鳥居の回廊の興味は尽きない。1980年代以降、現代のアートシーンではインスタレーション(仮設的な装置)という表現方法が広まったが、千本鳥居をはじめ稲荷山にある1万基の大小鳥居、おびただしい数の祠、露頭している岩や窟、岩石の群がりなど、全山これ庶民の熱烈な信仰を背景にしたな壮大なインスタレーションと言うことができる。

質感のバランス

 伏見稲荷の神域の緑に映える千本鳥居の朱色。朱色と緑との調和に着目し、自らの彫刻に取り入れたのが清水九兵衞だ。軽金属のアルミニウムを素材にした清新な抽象彫刻で確固たる地位を築いていた清水九兵衞が、朱色を使ったのは1980年の神戸須磨離宮公園現代彫刻展に出品した「緋甲」が最初だ。清水がアルミニウムを素材にした立体をつくるようになったのは1971年から。京都の町家の瓦屋根の直線的構成でありながら、ぼうようとした広がりをもつ温かみと質感にひかれ、アルミニウムに同じ質感を見出したことがきっかけだった。アルミのシルバー色の扁平(へんぺい)な造形が斜面を這(は)うように設置された「AFFINITY(親和)ーD」(1974)は、軟体生物のようなイメージとともに、彫刻の概念を覆す画期的な野外彫刻として評価され、中原悌二郎賞優秀賞(75)、毎日芸術賞(76)、日本芸術大賞(77)など受賞が相次いだ。アルミに朱色を塗装する作品がつくられたのは、そんな時期だった。

 「アルミのシルバーのぼうようとした質感が好きなんですが、ヘアラインを入れてますと年月で黒ずんだり汚れたりしてくる。それでアルミニウムの質感を損なわずに色を塗ることを考えました。グリーンやブルーではうまくいかない。当時、ブラウンは大丈夫とわかっていましたが、ぼくのフォルムには合わない。そのとき思い浮かべたのが伏見稲荷の千本鳥居の緑と調和した朱の色でした。朱を使ってみるとアルミと相性がいい。『いける』と確信しました」と清水は回想する。

 表面に凹凸の斑が浮かぶテクスチュアとも調和した作品「緋甲」は、現代彫刻展で大賞を受賞。以後今日までの約四半世紀、清水の朱の野外彫刻は北海道は札幌から南は九州の福岡まで建築空間や都市の公共空間に数多く設置されてきた。京都でもみやこめっせの「朱鳥舞」はじめ京都駅や京都文化博物館、国際日本文化研究センターなど目にふれる作品は多い。日本人が長い歳月のあいだにつちかってきた質感のバランスという独自の感性や美意識。それを大切にしたいという清水は、アフィニティー(親和)という自らの一貫した考えのもと、アルミのシルバー作品では空間の気配に溶け込ませ、朱色の野外彫刻ではまわりの環境との調和やバランスに意を傾けてきた。ごく自然に溶け込みつつ静かに際だつ。風景と造形との「相即不離」が京の鳥居にも清水の朱の彫刻にも通い合う。「京都に住んでいなかったら朱を使うことを思いつかなかったと思います」と清水は話す。=敬称略

[ 戻る ]

<バックナンバー>
◆アート新・古・今 《1》 《2》 《3》 《4》 《5》 《6》 《7》 《8》 《9》 《10》 《12》 《13》 《14》 《15》 《16》

◆ひとARTALK ◆発動 京都の工芸 ◆挑発する美術家たち