創作トーク
1950年代からの作品を展示する 黒田アキさん
回顧でなくイメージの拡大

50年間の作品を参照にし、「ますますイメージをふくらませたい」と話す
 泥遊びのように、手に直接すくい取った黒いアクリル絵の具を、キャンバスに塗りつける。流れるような手つき。幅約3メートルの画面に浮かび上がる人の顔、身体…。中京区室町御池上ルのモリユウギャラリーで、京都市出身でパリ在住の黒田アキさん(1944−)が、個展の開幕前日、レインコートをはおり、飄々(ひょうひょう)と作品を制作した。

 展覧会名は「1955−2005」(5月14日まで、日・祝休、月曜予約制)。過去50年というと、黒田さんが11歳の時からの作品ということになるが、15歳で二科展に入選した経歴からみると、あながち大げさではない。上京区の寺町鞍馬口付近で育ち、父は同志社大教授の経済学者、洋画家の故黒田重太郎をおじに持つ。文化人や芸術家が出入りする環境で、フランスの前衛美術文芸誌に幼少時から見入っていたという早熟な少年だった。

手で直接、キャンバスに絵を描く黒田さん

 「展覧会は、回顧としてまとめてしまうのでなく、遊び感覚で、ますますイメージをふくらませて破裂させたい」と語る。展示作品の一つ、1958年(14歳)制作の油絵はすでに完成度の高さをみせる。会場の壁面には、たった今できたばかりのペインティングの隣に、1965年のドローイングや、80年代の青一色の絵画。年代を追って画風の変化を追うのではなく、順不同にさまざまなスタイルが提示されている。その空間は、「パリのアトリエの中の空間、あるいは、頭の中のイメージを表した」と解説。点数は少ないが、いろんな見方ができ、ひとつの解釈に収まらない。

 同志社大を卒業後、フランスに渡り35年。絵画から出発し、ダンス、ファッション、建築…と幅広くコラボレーション(協働作業)を展開してきた。作品も大がかりになり、幅数百メートルの壁画も手がけた。身近なところでは、2003年に完成した南山城小(京都府南山城村)で、イギリスの建築家リチャード・ロジャース設計の斬新な建築内部のデザインを担当した。

 フランスに渡り35年。「幼少時から影響を受けてきた『ヨーロッパ』を検証したい」という気持ちだった。戦後美術は、コンセプトの明快さを重視する流れにあった。黒田さんといえば、黒一色の人物に、青い背景、白い水玉、というおなじみの作風も確立した。しかし、「コンセプトの『わかりやすさ』を突き詰めれば、究極的には、商品のロゴになってしまうのではないか」と、最近の問題意識を語る。例えば、直線的な近代都市が限界を指摘されているように、モダニズムのもと、明確さを一元的に追究するあり方は、必ずしも豊かさを生まないのではないかと。

 それを突破する試みの一つとして、黒田さんは京都での展覧会と平行して、フランスのリヨン郊外で、建築と舞台、庭園を組み合わせたワークショップを計画中。「複数のスタイルをパズルのように組み合わせ、時間の中で変化するスペクタクルをつくりたい」と説明する。「わかりやすさ」を部分的に備えながら、さまざまな経路、もつれを抱え、「わけのわからなさ」を併存したスタイル。ギャラリーでの展示はさしずめ、そのスタイルを凝縮した形と言えそうだ。

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