Kyoto Shimbun 1996.6.13
緊急インタビュー
安楽死を問う (上)

 がん告知、末期医療、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)…。京都府内の公立病院で、主治医が末期がん患者に筋弛緩(しかん)剤を投与し、死亡させた「安楽死」は、さまざまな医療問題を問いかけた。今回の主治医の行為をどう受け止めるのか。京滋の医療関係者や識者らに聞いた。

ピラミッド型医療に問題

京都大胸部疾患研究所付属病院西森三保子・看護婦長
 −京北町の公立病院での「安楽死」をどう受け止めるか。

 「積極的安楽死については、東海大付属病院『安楽死』事件の判決で示された4要件が一般的だが、中で一番大切なのは『患者の明確な意思表示』。しかし、今回は、意思表示の前提となるがんの告知すらされていない。その点『安楽死』は成立しないのでは」

 −主治医と患者とは長年の友人で、意思が通じていたのではとの指摘もある。

 「知人であればなおさら、信頼関係に基づいて早期にがん告知ができたはず。決定的な告知が本人にできなかったのは、医師が『友人の患者のために』と推定をし、本人と病気について本音で話し合えていなかったのではないか」

根強い医者任せ

 −医師と患者の間のインフォ―ムドコンセントが強調されて久しいのに、医師・患者間の意思疎通に問題が生まれるのはなぜか。

 「患者は、どうしても医師に対しては物を言うのも遠慮しがちな傾向がある。医療については、医者に任せる、といった考え方がまだ一般に根強いため、十分な説明を得ようとしない傾向が、患者にみられる。一方的な信頼と見てもいい」

 −それでは「患者の本音」はどこで確認するのか。

 「患者の気持ちを知るためには、主治医だけに任せず、看護婦を含めたチームで取り組むことが重要だ。日々患者と接している看護婦になら、患者も気を許して本音を漏らしたりする。そうした本人の気持ちが、的確に医師に伝えられ、医師もチャンスをとらえて告知しなければならないはずだ。その点、主治医にだけ責任と権限を集中して治療を進める従来の『ピラミッド型の医療体制』では、患者との意思疎通がギクシャクして、がん告知も失敗するのではないか」

 −患者の症状を見ていられなくての行為だと説明されているが。

 「以前に家族から『楽にしてほしい』と言われたからといっても、苦しんでいる患者本人の命を縮める処置をすることは、殺人と言われても仕方がないのではないか。『患者の耐えがたい苦痛』も、現在の医療では適正なモルヒネの使用などでほとんどの場合取り除くことができる。もし、終末期のがん患者に苦痛が残っていたのなら、苦痛に対して適切な緩和処置ができていなかったのではないか」

「望ましい死」を

 −がんでは、常に告知の問題が浮上してくる。日本人に告知はなじまないのか。

 「がん告知で一番重要なのは『患者本人が知りたがっているかどうか』だ。告知してほしくない人には、当然『知りたくない権利』もある。しかし実際の場面では、本人よりも家族ががんの告知に反対するケースが多い。特に若年のがん患者で進行が早いケースなど、私は、子どもとの時間の共有などの点から、早く告知して家族と一緒に『望ましい死』を迎える努力をする方がよいと思う」

 −インフォームド・コンセントの実態は。

 「文章にして患者に知らせる医師もいるが、単に治療法を納得させるためだけにインフォームド・コンセントをする医師もいるなど、ばらつきがあるのが現状。患者には同意書に判を押しても、治療を撤回できるなどの権利があることも、説明すべきだ」

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にしもり・みほこ  京都大医学部医の倫理委員、日本死の臨床研究会世話人などを務め、終末期ケアに詳しい。佛教大非常勤講師。59歳。

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