Kyoto Shimbun 1996.6.14
緊急インタビュー
安楽死を問う (中)


末期医療の認識浅い

日本生命倫理学会 星野一正・会長
 −京北町の公立病院で起きた「安楽死」事件をどう考えるか。

 「まず、今回の出来事を安楽死とする向きもあるが、安楽死か否かを判断するのは、裁判であることを認識する必要がある。横浜地裁が昨年3月、東海大医学部事件に対する判決で示した4つの要件を満たした場合にだけ安楽死が認められ、それ以外は安楽死とはいえない。要件を満たしているかを判断するのは、あくまで裁判であることを確認しておきたい」

 −公立病院の主治医は、筋弛緩(しかん)剤投与を「安楽死」のためとしているが、どう思うか。

 「報道で知るかぎり、この主治医の認識は甘いと言わざるをえない。この主治医に限らず、末期医療の現場に立つ日本の医師の多くは、まだまだ安楽死に対する認識が浅い。安楽死を巡り、先進的にいろいろな議論がなされているオランダやアメリカ、オーストラリアと比較すると、日本ではまだ安楽死に対する理解が乏しい」

本人の要請基本

 −安楽死に対する海外の考え方はどうなっているのか。

 「近年の世界的な流れでは、患者本人の積極的で持続的で、真しな要請に基づく『自発的安楽死』でなければ、安楽死と認めるべきでない、という考え方が強い」

 −海外には、安楽死の法制化をめざす動きもあるが、現状はどうか。

 「安楽死を法律で認めているのは、昨年5月に『終末期患者の権利法』を州議会で可決したオーストラリア北准州だけだ。アメリカでは、ワシントン州、カリフォルニア州などで安楽死の法制化を問う住民投票があったが、いずれも否決されている。オレゴン州では1994年11月、法案が住民投票で52%の賛成を得たが、連邦裁判所で『違憲』と判断され、法制化にいたらなかった」

海外の動き慎重

 −安楽死に対して厳しい見方が多いのか。

 「オレゴン州の法案は、『積極的で、持続的で、真しな安楽死の要請』のうえに、さらに一定の待機期間を設け、主治医以外の複数の医師の診断や、安楽死についての説明を十分に受ける機会を必要とするなど『厳しい歯止め』を盛り込んだものだったが、裁判所が認めなかった。安楽死に対する海外の動きは軽率ではない」

 −オランダの場合はどうか。

 「オランダは社会的に容認されているが、法律的には厳しい歯止めがかかっている。もちろん、医師1人の判断で安楽死を認めることはない。京北町の病院との違いは明らかだ」

 −安楽死を考える上で重要なことは何か。

   「近年の世界の動きを見ると、安楽死の問題を通して患者の尊厳と、生命の重さを問いなおす議論が出てきている。いま日本では、安楽死について考え、発言すると、安楽死を推進しているかのようにとられるが、それは違う。患者の尊厳、生命の尊さを考えることでしか、安楽死に関する議論は深まらない」

* * *
ほしの・かずまさ 京都大学医の倫理委員長などを経て、京都女子大宗教・文化研究所教授、国際バイオエシックスセンター・ディレクター。

▲インターネット・インタビュー   ▼安楽死を問う(下)