(五の二)



 真下飛泉の『戦友』歌碑

 瓜生石の近くに知恩院の塔頭の一つ、良正院 (りょうしょういん) がある。この良正院の門の脇にちょっと大き目の石碑が建っている。碑面には太い文字で「ここはお国を何百里」と刻まれている。これは真下飛泉 (ましも・ひせん=1878−1926) が明治38年 (1905) に作詞した軍歌「戦友」の冒頭部分にあたる。当時、厭(えん)戦気分をあおるものと軍部に判断され、歌うことが禁止されたという逸話をもっている。彼がこの近くで没した時、教え子が追悼のために碑を建立することを計画し、賛同者を募ると実に1824人が集まったという。  




 良正院

 さて良正院は、岡山藩主・池田忠雄(ただかつ)が母「良正院殿」の菩提を弔うため、寛永8年(1631)に建立した。同院はまた、明治から昭和を生きた日本画家・福山聿水が住んでいたところ。彼は武者絵を得意とし、御所にも彼の筆になる模写絵が残されている。


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