物集女街道は、北は京都市西京区の樫原(かたぎはら)で山陰街道から分かれてまっすぐ南下し、京都府向日市物集女町を通って、寺戸で西国街道に合流している。古来、西国街道と山陰街道をつなぐバイパスとして利用されてきた。

 ところで、物を集める女と書いて「もずめ」と発音する。地名の由来は、河内国大鳥郡の百舌鳥(もず)に勢力をもっていた一族が、この地に移り住んだことによるとされている。「物集女」はかなり古くから記録に出てくる地名で、9世紀ごろの記録には「物」と「集」の2文字だけで「もず」と発音していた事例も見られる。

 ●樫原・札の辻
 ●勤王家殉難之地碑
 ●樫原廃寺史跡公園
 ●塔跡
 ●京都大学農学部附属の植物生殖研究施設
 ●物集女城跡
 ●土塁
 ●表示柱
 ●淳和天皇御火葬所
 ●火葬所の背後
 ●物集女車塚古墳
 ●古墳の排水溝
 ●向日市文化資料館
 ●洛西竹林公園
 ●百々橋
 ●洛西ニュータウン


▲もくじ▲