(五の五)
道標
この寺の門前に、下の部分が埋もれた一本の小さな道標が建っている。この道標には、『問こたへ なくてものいふ此石は 道行く人のしをりともなれ』という和歌が刻まれている。この歌の内容は、地方から京都に上ってきた旅人が道に迷ってしまった。知らない町にやってきて、道を尋ねたくても人通りがない。さて困ったという時に、私はあなた方の「しおり」となって道を教えてあげますよ、という意味。旅の疲れや知らない土地での不安な気持ち、そういったものが、この道標に刻まれた一首の和歌で解消されたに違いない。何ともいきな心遣いではなかろうか。
かさぎや
さて、先の三差路まで戻り、ゆるやかな坂の途中に甘党の店「かさぎや」がある。店内には、大正時代に活躍した詩人で画家の竹久夢二の筆になる色紙が飾られている。実は、「かさぎや」が創業した大正3年(1914)、竹久夢二は隣に仮住まいをしており、甘党の夢二はよくこの店に行ってはぜんざいを食べていたという。
竹内栖鳳の旧宅
二年坂を過ぎて左手に道をとると、そこが近代日本画の大家、竹内栖鳳(たけうち・せいほう)の旧宅。彼は中京区の料亭の子として生まれたが、家業を姉に譲り、四条派の幸野楳嶺(こうの・ばいれい)に師事、写実を旨として多くの優れた作品を残した。門下からは土田麦僊、堂本印象、上村松園などの画家が育った。
昼過ぎから歩き始めてここまでやってくると、東山も徐々に暮れなずむころとなる。この時刻の東山界わいもまた雰囲気がある。円山公園を歩くなり、河原町に出てぶらぶら歩きを楽しんだりと、何かもう少し時間を過ごしたい気分にさせてくれるのが、この東山、産寧坂界わいの魅力かもしれない。
▲産寧坂周辺▲