(四の三)



 「第一軍道」の標識

 龍谷大学の南に建っている同大学の体育館あたりの敷地は、もと深草の練兵場だった。先の京都兵器支廠と練兵場の間を東西に通じる道が軍用道路で、今でも標識に「第一軍道」の名前が使われている。この付近から南にかけて、第一から第三までの軍用道路があっ たが、第二軍道は師団司令部に直結する道として重要視され、伏見駐屯の工兵第16大隊の直轄工事として行われた。




 京阪電鉄・疏水をまたぐ第二軍道

 軍道は、京阪電鉄と疏水をまたぐため、特に頑丈に造られたが、この橋の橋脚の部分に注目してほしい。橋脚の上に渡した石材の角に、陸軍のシンボルである「星」のマークが、浮き彫りにされているのが分かる。京都は空襲もごく一部で、戦争の惨禍を示す遺跡は多くないが、このような所に戦争の歴史の足跡が残されている。


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