(五の三)



 安楽寺

 さらに道を南に進むと、左の山手に安楽寺(あんらくじ)が建っている。この寺は、もと法然上人の念仏道場として建てられ、住蓮坊と安楽坊という上人の弟子2人が住んでいた。

 ある日、後鳥羽上皇の女官で松虫と鈴虫の2人が、彼らの説法に感化を受けて上皇のもとをひそかに去り、出家してしまった。上皇は大いに怒り、住蓮坊と安楽坊を殺してしまう。その後、道場は荒廃してしまったが、江戸時代の初め、延宝9年(1681)に2人の僧侶の菩提を弔うため、現在地に伽藍(がらん)を建てたのが、今の安楽寺の始まりになる。今も境内には、2人の僧侶の供養塔、松虫、鈴虫の石塔などが残されている。





 霊鑑寺

 この安楽寺の南側に臨済宗南禅寺派の門跡尼寺、霊鑑寺(れいかんじ)が建っている。江戸時代のごく初めの天皇、後陽成天皇の女房が、天皇の崩御に際して出家し菩提を弔ったが、この女房が亡くなるや、後水尾天皇の娘である多利宮(たりのみや)が、彼女の遺志を継いで開山し一堂を建立した。それが霊鑑寺の始まり。ツバキの名所としても有名である。


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