Kyoto Shimbun 路上ウオッチング 1997.5.26

 太鼓望楼

 読み書きそろばんの寺子屋に代わって、小学校をつくることになった。明治の初年である。地域の協力で、京都市内でもあちこちで小学校がつくられた。

 知恩院など有名社寺の多い東山と鴨川に挟まれた古い町並、京都市東山区古門前通大和大路東入ルの有済小学校もその一つ。

 明治9年(1876) に校舎の上に設けられ、太鼓を打って、地域の人々に時刻を知らせた。当時では珍しくなかったが、今や日本の小学校で最後の望楼となってしまったという。東山を背景に独特のシルエットを映し出している。

 京都も町中に住む人が少なくなり、こうした小学校もいくつかは統廃合の憂き目にあっているが、中には、造りといい、構造といい、壊すには惜しいものが少なくない。



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