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| 志村ふくみさんが、イタリアの聖堂でろうそくを見たときの感動を紬のきものに表した「聖堂(みどう)」。青の中に白い炎が浮かぶ |
志村さんは日本の美の源流を溯(さかのぼ)って、イラン、トルコへと旅を続ける。本の後半は、その道行である。
イランのエスファハーンの美術館で、古代王朝時代のペルシャ錦(ザリ・バフィ)を、チャドルをまとった女性館長が、志村さんのためにわざわざ地下室から持ち出して披露された。志村さんは長年の念願であった正倉院の錦の源流をここにさぐりあてたのである。そして、この錦を「漂う気韻」と名付けた。
わたしは、元気な頃(ころ)締めていた帯で、今は袖なしの陣羽織に仕立てなおした朱金襴(きんらん)の百合唐草紋様(もよう)の、その遠つ祖(おや)の故郷が古代ペルシャであることにおどろき、古代日本が中近東の文化をとりいれていたことに感動した。
トルコでは、イスタンブールのカーリェ修道院でのフレスコ画の六聖人との対面
が圧巻である。
志村洋子さんは、自作の「緑の寺」の裾(すそ)を長く曳(ひ)き、その上に、白地にうす紫で正方形の枡(ます)形の中に十字絣を織り出した「聖人II」をさらりとはおって、六聖人を仰ぎ見ている。その後ろ姿の写
真が、この本の最後を飾る。
羽織の背縫(せぬい)の直線が一本筋が通
って、着手の姿のいきおいを凛然(りんぜん)とあらわしている。
ひとりの日本の女性が背筋をぴんと立てて、異国の六聖人と向きあっていた。まことに堂々としている。日本の女も男も、きものを着ていれば、世界中どこへいっても、千万人といえどもわれゆかんという気概をもつことができる。
正面を向いて立っている六聖人の典礼服は、十字絣と市松紋様である。志村ふくみさんによると、それぞれ1本のよことたての線を交差させた十字こそ、あらゆる紋様の原点であり、普遍的なものである、という。
わたしたちの父母や祖父母が普段着に着ていた十字絣や紋絣の原点がここにあったのである。
わたしたちの祖先は、なんと自由自在に外来の意匠や技法をとりいれて、日本の風土や暮らしに適応した日本の用の美を創(つく)り出してきたのだろう。
志村さんの旅は、神道、佛教、イスラム教、キリスト教、そして民俗宗教としてのアニミズム(精霊崇拝)に相わたっている。とすれば、日本のきもの文化は、エキュメニカル(諸宗教の対話と共生)の精神の結実ではないか。
このきもの文化を未来へむかって受けつぎ、さらに未発見の海外の衣文化とむすび、繋(つなぎ)あわせて、時代にふさわしい新しい衣装の形を創り出してゆきたいものだ。
さらにいえば、男も女も、きものを着て国際会議や海外の講演会に出ていってはどうだろう。そして自前の思想をはっきり述べ、相手の考えと堂々とたたかいあわせて、新しく相互の理解に達することができるならば、そこに平和と創造の道がひらけるのではないだろうか。
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