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(23)南方熊楠の曼荼羅論 社会学者 鶴見和子 さん

 南方熊楠(みなかたくまぐす)(1867−1941)は、和歌山に生まれ、前半生をアメリカに足掛け6年、イギリスに8年暮らし、帰国して和歌山県那智勝浦に隠栖(いんせい)したのち、田辺に定住した。大学予備門(東京帝国大学の前身)を中退したのちは生涯大学に行かなかった(行っても卒業しなかった)。幼児より読書に没頭し、ロンドンでは大英博物館で古今東西南北の書を読み、抜き書きして、独学で大学者になった人物である。

 その学問領域は、微生物学(特に粘菌の蒐集(しゅうしゅう)と研究)や民俗学をはじめとして、哲学、歴史学、心理学、社会学、民俗誌、比較宗教論、科学論などに相渉(わた)る。一言でいえば、地球志向の比較学である。

 わたしが特に興味を持っているのは、「南方マンダラ」とも呼ばれる熊楠の曼荼羅(まんだら)である。これは、彼が学問の方法論を展開するために、もっとも信頼すべき相手として選んだ高野山真言宗管長で、当時最高の学僧、土宜法竜(ときほうりゅう)(1834−1921)に宛(あて)た書簡の中で述べたものである。それには、3面に掲載したような絵図がついている。この絵図を仏教学者でインド哲学者の中村元先生に生前お見せしたら、「南方曼荼羅でございますね」と即座にいわれた。それが命名の由来である。

 熊楠は、真言密教の曼荼羅を、科学の方法論のモデルとして読み替えたのである。

 熊楠がロンドンに居たころの19世紀の科学は、ニュートン力学が支配的パラダイムであった。それは因果律−必然性−の発見を究極の目標としていた。これに対し熊楠は、因果律は必然性を明らかにする性質があるが、自然現象も社会現象も必然性だけでは捕らえられないと考えた。必然性と偶然性との両面から捕らえるのでなければ真実はわからない。

 仏教は因縁を説く。因は因果律−必然性−であって、縁は偶然性である。したがって科学の方法論としては、仏教のほうがニュートン力学を超えていると喝破したのである。

 19世紀末から20世紀にかけて、熱力学の分野でマックスウェルとボルツマンが気体分子の運動に関する理論を発表し、統計力学の勃興(ぼっこう)に大きく貢献した。この理論は偶然の要因を含む確率の概念を用いている。

 さらに1925年から30年にかけて、量子物理学がディラック、ハイデベルグ、フォン・ノイマン、ウィグナーらの物理学者によって形成されると、偶然性が科学の方法論上重要であることが明確になった。

 熊楠が、偶然性を科学の方法論に欠くことのできない要因と認識したのは、科学史の上でもかなり早かったといえる。

異なるもの異なるままに
南方熊楠が記した科学的方法論としての曼荼羅の図(京都市伏見区、龍谷大研究展示館パドマでの「南方熊楠の森」展から)

 学問におけるパラダイム転換の新しい風は、中心地からでなく、辺境から吹くのであろうか。

 アメリカのニューイングランドの片田舎にいた科学哲学者パース(1839−1924)は1892年、「必然性再考」という論文を「モニスト」誌に発表した。偶然性と必然性の両方を重視した南方熊楠の曼荼羅論(科学論)に先んじて偶然性の問題を論じている。

 両者の間には、何のかかわりもない。共通するのは、パースはアメリカのニューイングランド、熊楠は日本の紀伊那智という、当時の学問から見ると、まったくの辺境に住んでいたという点だけだ。

 熊楠による学問の方法論「南方曼荼羅」を、図にあらわしたのが、直線と曲線から成り立つこの絵図である。熊楠が土宜法竜に宛てた1903年7月18日付の書簡に書かれている。

 核の周りを動く電子の軌跡のような線と、そこにクロスする直線。熊楠は、すべての現象が1カ所に集まることはないが、いくつかの自然原理が必然性と偶然性の両面からクロスしあって、多くの物事を一度に知ることのできる点「萃(すい)点」が存在すると考えた。

 わたしは、南方のこの曼荼羅論を、真言僧の土宜法竜がどのように評価したか知りたいと思っているが、法竜から熊楠に宛た書簡はまだ見つかっていない。

 そこで、法竜が創立した種智院大学の現学長で、曼荼羅の専門家の頼富本宏先生にお会いする機会を得て、うかがってみた。頼富先生は「もともと曼荼羅は、聖界の諸尊の関係をあらわしたもので、熊楠は、聖界の結界を解いて、俗界の現世に通じるものとして曼荼羅を説いた」といわれた。そして熊楠は『閉ざされた曼荼羅から開かれた曼荼羅へ』展開した、と表現された。

 専門家の立場から見れば熊楠の論は逸脱だ、と言われはしないかとおそれていたのだが、この指摘はまことにありがたいことであった。

 そこでわたしは、少し勇み足になるとは思うのだが、この曼荼羅論をさらにひろげて、現在の国際関係に当てはめてみたい。

 アメリカ大統領ブッシュ氏によるイラク戦争の論理は、味方でないものはすべて敵であって、敵は武力によって排除すべきなり、という二者択一の考え方である。

 これに対して、曼荼羅の論理は、異なるものは異なるままに互いに補いあい助けあって、共に生きる道を探究する論理である。

 そのもっとも端的な表現は、仏教の真言曼荼羅の中心には大日如来が在り、それをめぐってさまざまな如来や菩薩が配置されているばかりでなく、周辺に「天部」を設けて、そこにさまざまな土俗の神々をもふくんでいる点にある。

 キリスト教では、それ以前のギリシャ・ローマの神々は流刑になった。ヨーロッパの詩人ハインリッヒ・ハイネは、そのことを「流刑の神々(神々の流竄(るざん))」に著した。

 古代インドに発祥し、密教とともに日本に伝来したこの曼荼羅の思想を、今、南方熊楠が生きていたら、これこそ諸宗教・諸文明の交流・対話の思想であり、未来に向かって人類が地球上に生き残るための平和共生への道すじだと、高らかに主張するのではないだろうか。