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(43)鳳来寺山の水と人 琵琶湖博物館館長 川那部浩哉 さん

 1週間あまりまえ、愛知県東端の鳳来町へ行った。30年ほど以前、ある会合に出席したことがあり、また、1976・81両年の夏には、川へ潜って魚などを調べたところだ。今回は冬のこととて、川へ入りはしなかったが、先(ま)ずは鳳来寺と東照宮に詣でて、二つの滝を見、町内にある古いダムと新しいダムを見学した。鳳来寺山といえば、コノハズクの鳴き声で有名だが、今年は地元の人も、声を聞かなかったらしい。

 豊川の上流にあたる寒狭(かんさ)川での先の観察記録によれば、この川にはあたりまえの魚が数多くいた。ところで、「柳の下に泥鰌(どじょう)」との諺(ことわざ)があり、「1度良いことがあったからといって、つねに同様の幸いはない」の意と聞く。だが、昔はどの川でも、岸のヤナギが水面を覆う下には、ドジョウならぬカワムツがたくさんいて、例外は極めて少なかったものである。

 このような場所では、底は少し深く、水はやや緩く流れる。開放的なところを好むオイカワ、もっと淀んだところが好きなウグイなどと違い、上から落ちてくる餌を待ち受けるこの魚にとって、ヤナギの下の掘れたところは絶好の場所。だから昔はどこの川でも、「ヤナギにカワムツ」なる組み合わせは外れなかった。

 それが、今を去る20年ほど前から、多くの川でこの予測が当たらなくなる。護岸が造られ、底は一様に変わり、そもそもヤナギのしげる場所が、方々で失われてしまったからだ。

 その中でこの寒狭川は、自然の状態に近い景観が見られ、それが地上だけではなくて、水中にまで及んでいたのである。そうそう、ここで頂いたアユの塩焼きの味の格別だったことも、いま改めて思い出した。

 その折は見つけなかったが、伊勢湾・三河湾に注ぐ川にだけ分布し、天然記念物に指定されている、ネコギギの棲(せい)息が、その後知られるようになったと聞く。

 だが、珍しいものだけでなく、ありふれた存在である生きものの減少・消滅こそが、むしろ重大な問題だということは、もうここで繰り返すまでもあるまい。

対処工夫し自然と共存へ

冬の朝。昇る日が雲間と琵琶湖を淡い桃色に染める。人は湖とのかかわりも問われている(大津市雄琴)
 テレビをほとんど見ない身ながら、翌朝は宿で世界のニュースを見た。アルゼンチンで開かれた、気候変動枠組条約すなわちいわゆる温暖化防止条約の締約国会議で、京都議定書からすら離脱したアメリカ合州国が、またもや新しい枠組み作りに反対したとのこと。自国のみの、それも目先の利益を考えているだけなのか、代表の演説には、その態度も含めて、理解に苦しむばかりである。イラク戦争と並んで、これでまたあの国は、将来にたいへんな禍根を残す、つまらぬ孤立を敢えて選んだものだと、繰り返し慨嘆した。

 それはともかく、その日のシンポジウムでは、鳳来町のみならず、豊川流域の上流から下流までに住む、地元のさまざまな方から、川にまつわる思い出などを伺った。コメント要員として出席した私は、人間が生き続けるための、生きものを含む環境保全の重要性を述べたが、これらは地元の人々には、少なくとも感性的には、とっくにご存知のことだったに違いない。

 シンポジウムでの話題の多くは、山村地域としての悩みにいかに対処してきたか、の問題だった。とくにこの鳳来町は、豊川水系の水の供給地として、さまざまな要請を受け、例えばダムについても、前日の見学場所のように、同意してすでに建設されたものあり、また一方で、断固拒絶して断念させた経験もある。その事前・事後の苦渋を吐露し、今後へ語り継ぐ必要性が、こもごもに語られた。

 私と同じくコメント要員の1人として出席したTさんは、長く河川審議会で主要な位置を占め、河川工学だけではなく広く水問題の大家だ。地球温暖化に伴って降水量の変動が大きくなることは、以前から予想されてきたが、時間あたり降雨量のたいへん大きい状況は、今年は日本列島内で、これまでの10倍ほども起きた由。この傾向は今後、さらに拍車をかけそうで、その場合、洪水はむしろ川から溢(あふ)れさせて、流域全体で対処しない限り、壊滅的な悲劇がたいへん大きくなると、強調した。

 それを受けて、都市問題の専門で、ちょうどこの2日前に、東京都で直下型地震が起こった場合の災害地図を発表したIさんが、次のように述べた。都市内にも、洪水の水を溢れさせる必要がある。特定の低い場所にある木造家屋を持ち上げて、その床上浸水などを防ぐのは、ダム建設よりもむしろ安く、かつ早くできることだ、と。

 水利権の問題など、他の話題もいろいろ出たが、それは繰り返すまい。追加していえば、以上は私の個人的な聞き覚えなので、正確には、今後出版される速記録を参照してほしい。

 20世紀後半に起したことのつけは、今や確実に私たちを脅かしている。正月にはゆっくりと、お節料理を賞味しながら、従来とは全く違った、未来への対処のしかたを模索しよう。

 昔作った「脇起こし三つもの」などという戯れを、暮れのうちにさらに少し変えてみて…。

 罷(まかり)出たものは物ぐさ太郎月
  火榻(かとう)温酎松色勝(しゅうしょくまさ)ル
 遊びいる曾孫(まご)の行末想(おも)うらん

 (おわり)