The Kyoto Shimbun

第2部 ゆとり教育は今(4)

無限にある線路 求められる教師の力量 体験通じ意欲導く

 新学期が始まって間もない4月下旬、高倉小(京都市中京区)の一室に、新旧4年生の担任が顔をそろえた。議題は、今年の4年生の総合学習について。「やさしさ見ぃつけた」をテーマに、高齢者や障害者との交流を取り入れた昨年の学習を振り返ることから始めた。

 「総合学習で、子どもの意識はどう変わったのか。調べることだけが目的になっていなかったか」「子どもたちがもっと身近なところで交流や体験が続けられるようにすべきではないか」…。身ぶり手ぶりを交えた教諭たちの議論は、過去の経験や自身の教育観にまで及んだ。

「明確な視点持つ」
 「教科書のない総合学習では特に、教える側が明確な視点を持つことが大事なんです」。4年1組担任の山内直子教諭(46)は、こうした議論の重要性をかみしめる。3年生を受け持ち、初めて総合学習を指導した昨年、「いくつもの壁に突き当たった」経験があるからだ。

 3年生の総合学習のテーマは「自然」だった。前期は、鴨川で児童に関心のある題材を見つけさせた。「植物」や「川の水」、「川に集まる人たち」…。子どもたちの発見を基にキーワードを絞った後、「じゃあ、何を詳しく調べるの」と尋ねてみた。

 「川の真ん中と端っこで流れる速さが違うのがなぜかを調べたい」。ある児童が言った。「ほんとに調べられる?」「できるできる。ぼくやるねん」。水温を調べてみればどうかな? 鴨川の源流までたどればわかるかも…。答えを探す道筋も、その子の発想に任せた。しかし、3年生の知識や体力ではどうしても、疑問解決につながる体験学習にならない。結局、インターネットなど教室内で調べる活動が中心になってしまった。

「みんなはどんなやさしさを見つけるかな」。山内教諭の問いかけに意見を出す4年生たち(京都市中京区・高倉小)

児童尊重に限界も
 子どもたちが自ら考え、課題を解決する力を養うのが、総合学習の大きな狙いだ。だが「思いを尊重するあまり、子どもたちに任せすぎた」と反省する。「せっかく課題を見つけても、草をかきわけ、虫を手にとって、体験から学ばなければ、実生活で生きる力は身に付かない」。漠然と体験させるか、教師がヒントを出しながら体験につなげるかで、成果は大きく違う。「学習の見通しを持てるように支援することが大切だと分かった」

 議論の末、今年の4年生の総合学習では、子どもの意欲を大切にしながら、教師の側からも積極的に働きかけ、体験の場を増やすことにした。5月初めには、目の不自由な大学生を招き、児童にアイマスクを付けさせ、白いつえを持って歩かせた。

 

◇    ◇


 学校が土曜も休みになった今、地域の教育力も注目されています。第2部最終回は、地域グループの取り組みから、子どもたちの放課後と休日について考えます。

[京都新聞 2005年5月21日掲載]

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