The Kyoto Shimbun

第5部 子どもからのSOS(1)

封じられた笑顔 「余力ない」社会を反映 地域性薄れ、家庭が孤立

 小学生のタケシ=仮名=はこの日、苦手な引き算と格闘していた。「頭が変になりそうや」とつぶやき、髪をかきむしり、じだんだを踏みながらも、いつもより短い時間で解き終えた。

 京都府内のある児童養護施設。夕方になると、入所している小学生が学習室に飛び込んでくる。自分の名前が書かれたファイルを探し、いつもの席に着くと、学習ボランティアの合図で公文式のドリルに取りかかる。

親と生活できない
 さまざまな理由で親と生活できない子どもたちが施設で暮らし、学校に通っている。虐待を受け、親の足音を聞くだけで胸が張り裂けるような思いを味わってきた子。目の前で自殺を図った親を助けようと、自分で救急車を呼んだ子もいる。「勉強どころではない環境に置かれてきた子に、何とか学習の習慣をつけたい」(施設長)。こんな願いから今秋、それぞれの子どもが自分のレベルに応じて学習できる公文式を導入した。

 タケシは昨夏、施設にきた。口を開けば「あっちへ行け」「ぶん殴るぞ」「死んだ方がましや」。まったく笑顔がなかった。

家庭的なハンディを抱えた子どもたちに、学習を習慣づけることは簡単ではない(京都府内の児童養護施設)

勉強で初めての涙
 指導員が頭をなでようとした時だった。たたかれると思ったのか、タケシがとっさに体をそらした。「こんな子どもの世界があるなんて…」。その日から、好き嫌いの多いタケシが食べ終わるのを食卓で粘り強く待ち、ルールを破った時は自分の子と同様に厳しくしかった。

 タケシはたびたび、名札や体操服を持たずに学校へ出掛け、指導員を慌てさせた。忘れ物をすることで、「自分のことをどれだけ見てくれているか、試している」。そう気付いたのは、しばらくたってからだ。

 そんなタケシが今春ぐらいから、年下の子に「ちゃんと食べや」と声を掛けるようになった。時折、笑顔も浮かぶ。先日、ドリルで多くのミスをし、大泣きした。タケシが勉強で悔し涙を流したのは、初めてだった。

学力が生活を左右
 府宇治児童相談所の川崎二三彦・相談判定課長は「児童養護施設に入所していて高校進学できなかったり退学となれば、退所して新たな道を歩まねばならず、学力が直接生活の場を左右してしまう。家庭的なハンディを抱えた彼らこそ高卒資格が必要だが、勉強どころではない現実がのしかかる」と指摘する。

 相談所には連日、子どもにかかわる多くの案件が持ち込まれる。最近、子どもの一時保護を求める緊急事案が増えている。母親がけがをしたが、父親が仕事を優先するケースなど、以前なら身近な人間関係で解決できた問題も少なくない。「地域社会の窮屈さがなくなった半面、家庭が孤立した」と川崎さん。「大人に精神的、物理的な余裕がなく、社会に子どもを育てる余力が少なくなった。それが、虐待といった子どもの問題に反映されているのでは」

◇    ◇


 学力問題に焦点が当たる一方で、子どもたちの心と体がさまざまな「SOS」を発しています。シリーズ「学力」とは?第5部では、子どもの姿から大人社会を再考します。

(「学力」とは?取材班 有賀美砂、西川邦臣)

[京都新聞 2005年12月16日掲載]

児童養護施設
 児童福祉法に基づき、乳児を除く保護者のいない児童や虐待されている児童などを入所させて養護し、自立を支援する。全国で555施設あり、約2万7000人の子どもたちが暮らす。57施設で公文式を導入しているという。

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