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(37)辻村久信 「光の露天風呂」

重力からも解放 究極の自由浴槽自体が発光 宇宙浮遊する感覚


究極の自由と解放感を演出している「光の露天風呂」(静岡県伊豆市修善寺、渡月荘金龍)=(c)ナカサアンドパートナーズ

 闇夜に浮かぶ四角い物体は、箱舟のような外観を持ち、放つ光は障子を透けるろうそくの明かりのように柔かい。名付けて「光の露天風呂」。照明を外から当てるのではなく、浴槽自体を発光させているのが特徴だ。全国でも「風呂が光る」というのは耳にしたことがない。

 2004年8月、静岡県伊豆市修善寺の温泉旅館に完成した。延べ床面積は約182平方メートル。エッチング加工したガラスをはめ込み、照明にキセノンライトを用いた。設計したインテリアデザイナー辻村久信さん(45)は「風呂といえば、何も身につけず、人が一番自由になれる時間。それでも、唯一逃れられないものとして重力がある。イメージの世界だが、そんな重力からも解き放たれた究極の『自由』と『解放感』を表現した」と自作を語る。

 浴槽自体を発光させたのは、水の浮遊感を強調するためだ。外部からライトを浴槽にあてるだけでは、演出の仕掛けが分かり、せっかくの雰囲気が半減してしまう。裸でいることも考慮しなければならない。「身体が水に浮いていると同時に、浴槽自体も宙に浮いているような世界。ふわふわと浮いて、何だか分からないけど、気持ちが良かったというイメージを残したかった」。宇宙空間で体験する無重力に近いかもしれない。

 辻村さんによると、照明は1本のろうそくから始まる。どこに、何本立てて、どう見せるかが基本。今は従来の蛍光灯や電球だけではなく、キセノンライトやLED(発光ダイオード)といった最新の機器も登場している。さまざまな要素を駆使して、ろうそくの明かりに近づけたり、遠ざけたりするのだという。

 「人は、どこまでもフィジカル(肉体的)であり、決してデジタルな存在にはなりえない。機械を道具として使えても、感受するのは、あくまで動物的な部分。デザインはまず人ありき」。これまでに手がけた旅館や住宅、飲食店などのデザインは、斬新で挑戦的な一方で、和みや安らぎを感じさせる。作品の第一印象は「あっ」と驚くが、しだいに「ほっ」とした気分にさせてくれる。

 温かい雰囲気が漂う露天風呂とは正反対のデザインがある。04年にオープンした大阪市北区のオイスターバー(延べ床面積約216平方メートル)だ。世界中の生ガキを食べる場であり、オーナーは店のイメージとして「氷の世界」を強く希望した。飲食店のデザインで冷たさが求められたのは、初めての経験だった。辻村さんは「生ガキなので、冷たさ、新鮮さ、クリーンさをまず表現しようと思った。これまでに描いていた飲食店の発想から180度転換した」と振り返る。

 店内の照明で主に使用したのは、最新のLEDだ。LEDはそれ自体が発光するため、どことなく光は冷たい。そんな特徴を生かしながら、冷たい水中にいるような空間を演出した。時間の経過とともに、水を連想させる壁が薄いブルーから濃いブルー、次にグリーンへ変わっていく。まさに海中の世界であり、魚になって自由に泳ぐ気分を味わえそうだ。

 一時代までデザイナーに求められる役割は、格好が良いものを作ることだった。しかし、新機軸を求めて、ただ単に目新しい光や色をつけても、見透かされてしまう時代になった。「デザインは強いインパクトを与えるものではない。どこか分からないけれど、良いと思える空間が良い。全体のバランスで好印象を与えることが大切」

 日本の伝統に流れる軸線をどうとらえるのか。根底にある思想やコンセプトは何か。辻村さんは問い続ける。「まず人ありき。人と人、人と物、物と物など、さまざまなつながりから、新しいデザインが生まれる」

[京都新聞 2006年8月6日掲載]

美術、音楽、演劇、デザイン、パフォーマンスなど多様なジャンルの中から、次代を担う京滋ゆかりの表現者を選び、創作世界の広がりを紹介します。

辻村久信(つじむら・ひさのぶ)
インテリアデザイナー。1961年京都市生まれ。インテリアや設計施工を手がける株式会社リブアートを経て、95年にデザイナーとして独立。2002年4月にムーンバランスを中京区で設立。京都精華大特任助教授。大阪市北区のオイスターバー「MAIMON UMEDA」(04年)がナショップライティングアワード04―05最優秀賞、「渡月荘金龍 光の露天風呂」(同)が同優秀賞。

「デザインはまず人ありき」と熱く語る辻村さん(京都市中京区・ムーンバランス)

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